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だらしなさ

週末に高校のサッカー部の応援と、キックの仲間の応援と行くが
2つとも負けてしまい、テンションが落ち気味の俺。
勝負ごとなので仕方ないけど、勝負の世界は現実的で無情。だ。

週末の店の子に頼まれた引越しの手伝いで、
段ボールをスーパーに一緒にもらいに行って、
それを運びがてら部屋で実際の荷物量を見た。

俺は、学生時代に引越し屋の見積もりをする営業のバイトをしたことがあるので、
荷物量を見て判断するのは早い。
引越し屋なら最低量レベルに近い量だった。
思ったよりもかなり少なくて安心した。
それに引き換え、俺も同じ一人暮らしなのに
なんで俺の部屋は物であふれていて、荷物量がいつも多いのだろうか?
確かに俺はスポーツ雑誌とかスポーツ新聞とか無駄に購入する癖がある。
使わないものを捨てなかったり、無駄なものを貯めすぎているのではないだろうか。
部屋もこの子の部屋と違い、整頓されていなくて、ごちゃごちゃしている。
俺も、こんな整頓されてシンプルな荷物量にしたいもので、
見習いたいものだ。
自分のだらしなさを感じた。

当日は朝から草野球のチームのBBQがあるので、
それからとんぼ返りして手伝わないといけないのだが、
これなら、とっとと終えて帰れそうだ。

俺も来年引越しをしたいなあ。
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by masa3406 | 2009-10-28 04:37

3年後の自分

前に勤めていた会社の上司に用事があり、
久方ぶりに電話をしてみた。
その会社に勤めていたのは、ちょうどこのブログを始める直前。
時の経過は早いもので、3年ぶりの電話だった。

元上司は、最初は俺だとわからなかったみたいで
名前を言うと おお!○○ー!
お前、今何をしてるんだー?と大変興奮した声で言った。

そりゃそうだろう。
やめて3年間電話もしていない奴の番号なんか、
登録からは消されているのは至極もっともなことだった。

だが、俺には懐かしそうな声で話してくれて
俺という人間を憶えていてくれたことがうれしかった。
最初は、異業種からその業界に来た
海のものとも山のものともわからない、俺という人間に懐疑的だったみたいだけど
途中から俺の仕事ぶりを見て、俺を信頼してくれていたことを
ほかの上司からは聞いていた。
俺は認めてくれたのがうれしくて、その上司のために
一生懸命に辞める最後の最後まで責任を持って担当する仕事をした。

俺にはその声が懐かしく思うと同時に、、
その当時の様々な仕事の思い出がオーバーラップしてきた。

それから俺は、その後の俺を簡潔に説明した。
元上司は親会社からの出向の人で、俺の担当していた仕事の
上司ではあったのだが、直属の上司ではなかった。

直属の上司は理系の大学を出た、物静かなインテリなタイプで
文系で体育会系だった俺とは、趣味も性格も合わなかった。
いわゆる人間的にウマが合わないというやつだ。

一方こちらの上司は大きな声で話すオープンな性格の人で、
話もしやすかったので当時はかわいがってもらった。
子供っぽい性格のところもあり、そんな人間臭い裏表がないその上司のほうが
下町育ちの俺にはわかりやすく、人間的に接しやすかった。
また趣味や話題も合った。

俺も、こちらの上司側と積極的にコミュニケーションをとるようになってしまい
それも当然、面白くなかったのであろう。
結局、それでさらに溝が深まり配置転換となり
部長が仲を取り持ってくれると言ってくれたのだが、
俺は意地を張り会社を辞めることになった。

この会社の業界の状況を新聞やネットのニュースで見る限りは、
この空前の不況でその業界を取り巻く状況は悪化の一途を辿り
のっぴきならない状態に置かれているらしかった。
親会社が大赤字を出している状況だ。
どうにもならない状態なのは、明らかだった。

俺は今の状況を聞いてみると、
俺がいた時も景気が悪くて、ボーナスが払われる払われないの
問題が出ていたり、社長が直々に俺たち営業の尻を叩いていたわけだが
その状況もマシに見えるほどに会社は大変で、
今はお前がいた時どころじゃないよ。と言われた。

電話をする前の俺は、そろそろ親会社に帰っているのではないかと思っていたわけだが、
今も出向中らしく、その話しっぷりからも気苦労が覗えた。

当時のウマが合わなかった上司や
俺が世話になっていた隣のデスクの2年目の人も
会社を去っていることが分かった。
それも、俺が辞めてから1・2年弱のうちに辞めたらしかった。
ウマが合わなかった上司は、途中から社長命令で会社の役員にされていた。
その上司が去るのだから、それは会社に完全に見切りをつけたということだった。

それを聞いて、俺は辞めのと辞めた時期としては正しかったのだ。
と妙な安ど感が湧いてくるのを感じた。
あのままいても、どのみち去ることになっていたのは間違いない。

俺当時は辞めたことに後悔していなかったし
スッキリとした気分になっていたのだが
それからの俺はというとどうだ?
また就いた仕事を辞めてだらだらとバイトをしたり
とても、何をしていたと人に胸を張れるような3年間ではなく、
実にふがいない3年間だった。

会うことはないが
当時の同僚に、俺は辞めて今はこうしています!と胸を張れない自分がいた。
自分の中では完全に後悔はしていないつもりだったけど、
その後がそんななら、我慢をして辞めなきゃよかったのでは?と言われたら
そうとも言えなくもなかった。

だから、俺の中であの会社を辞めてよかったという
『理由』が欲しかったのかもしれない。

それから、その上司に用件を話して
来月飲みに行くことになった。

これからは、言い訳を必要としない人生を送りたいものだ。
そうありたいものだ。
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by masa3406 | 2009-10-21 05:14

夜逃げの手伝い?

夜のバイト先のよく話す(話を聞かされる?)
女の子から、前々からその子の名義の部屋を引っ越す予定があり
引越しの手伝いをなんとなく頼まれていたのだが、
いよいよ引越し先の部屋が決まり引越しが具体化したということで、いろいろと相談をされた。

その子は女の子の同居人と住んでいて、一刻も早い引越しを考えているのだが
同居人がお金がないから来年まで待ってくれと拒否をされて、
引越しができない状態で困っている。
というところまでは聞かされていた。

俺は別に彼氏でもなんでもないので、俺から誰でも女の子の生活に
立ち入ることはない。
基本的に聞き役で、求められればアドバイスをする程度のスタンス。
まあ、いずれは引越しをするのだろう。
手伝ってくれ。と頼まれればそのときは、まあ仕方ないが、
言ってこなきゃそれでラッキー。
くらいに思っていた。

彼女は同居人とも不仲で、なかなか解約日の具体的な話が進まないと言っていたのも俺も覚えていた。
同時に、不仲さのストレスにも苛まされているらしく、それも引越しの大きな原因でもあるような
愚痴もよく聞かされていた。

それは解消して話しがついたのだな。と思いつつ

まあ、仕事の予定もあるので早めに言ってくれ。
やるとしたら、だいたいの時間帯とかおおよその日程はいつ?
と俺が聞くと
たとえば夜は引越しは可能だろうか?みたいなことを何か申し訳なさそうに聞かれた。

え? 夜に引越し?

なんだよ それじゃあ、まるで夜逃げじゃん。
と理由を聞く俺。

すると、実は同居人とはまだ話がついていなくて、同居人がいない時を見計らって
実力行使で出て行く予定だと言う。
家主にはもう来月で解約を話しているのだという。

なんだか穏やかではない話である。
うーん それは後に遺恨を残してまずいんじゃないの?
いきなり出て行かれて、翌月から家賃が2人分が降りかかったら
同居人も困るし、パニックで怒り狂うかもしれないよ。
と、話し合いの交渉の場を持ち、同居人を強固な姿勢で説得することを勧める俺。

生きていくうえでは、むやみに人に恨みを買わないことが一番である。
せめて、来月分の家賃光熱費は彼女が持つとか
妥協点を見せたほうがいいのでは?とアドバイスをした。
人はまあ誠意としてこれをしてくれたから、と思えば心底からは恨めないものである。
何もしないで出て行くことで、いらぬ100%の恨みを買う恐れがある。

しかし、また夜逃げの手伝いの依頼か。
俺は、苦笑いをした。

それは、俺は以前にも夜逃げの手伝いを頼まれたことがあるからだった。

最初の会社を辞めた俺が、ちょうどつなぎでしていたバイト先に
男の先輩で28歳くらいの人がいた。
その人は九州から出てきている人だったが、九州男児のイメージとは程遠い、
ナヨナヨした感じの、男くささが微塵もないどこか頼りない人だった。
いい人でとても性格が温厚な人だったので、バイトの移動中とか一緒に仕事をしたときは
何を話していたのかは、覚えてはいないけどよく話していたように思う。
人に何かを頼まれると断れない、お人よしのタイプの人だったように思う。

ある日、その先輩とバイトの現場先から仕事を終えて2人で帰っていると、
何か先輩が落ち着きがない。

電車の駅に向かう途中に、
実は頼みごとがあるんだけど、これから家まで来てちょっと手伝ってくれない?
と懇願するように切り出された。
先輩の住むアパートは、神奈川県の相模原だ。
今から相模原に?
時計は夕方の4時を指していた。

先輩の顔は、何かに怯えている様子で、
彼の身が緊急を要していることを物語っていた。
何か非常にやんごとなき理由があるようだ。
俺は帰りの電車内で先輩の話をじっくり聞いてみることにした。

その先輩は、先輩名義のアパートで30過ぎの年上の彼女と同棲していた。
最初は告白をされて付き合い、包容力もあるごくごくやさしい彼女だったのだが、
暮らしはじめてみるとそれはすぐに豹変した。

実は気性が尋常ではなく荒く、嫉妬深く寂しがりで束縛も厳しい。
性格がきついので気が弱い先輩は、彼女の言動に神経を遣い怯えるようになった。
やがてそれは先輩への暴力へと発展し、
耐え切れなくなった先輩は、別れを決意したのだそうだ。
しかし別れ話を切り出すと、彼女は泣きわめいたり暴れる始末。
部屋は先輩名義なのに、出て行ってくれず話にならない。

あるとき、別れるなら一緒に死のうと包丁を突きつけられた先輩は、
これは彼女が仕事に出ているときを見計らい、同棲先から
荷物共々逃げるしかない。と心に決めたのだそうだ。

そして、その決行日が今日だったのだ。
たぶん、いざ行うにもすっかり恐怖心に囚われて不安で心細くて仕方ない先輩は、
今日俺と話をしていて、話を聞いてくれて手伝ってくれる仲間が欲しくなったのだろう。

話をしている途中で、先輩は彼女らしき人の電話に出て
うん。じゃあ○○時にねえ。と先輩はまるで何事もないかのような仲良さげな口調で話していた。

先輩は彼女の仕事が終わってから、いつも彼女と都内で一緒に待ち合わせをして
それから一緒に神奈川の自宅まで帰宅しているのだそうだ。
彼女は寂しがりやでそうしないとならないのだという。

この人は毎日そんなことをしていたのか。
俺は心から同情した。

今日は実はそれはフェイクで、先輩は待ち合わせ場所へは向かわずにその隙に神奈川の自宅まで行き、
アパートから家財道具を自分の車に積んで逃げ出してしまおう。

そんな計画だと明かされた。
いつも彼女の命令やわがままに何でも従っていた先輩。
彼女との約束を破るだけでも、実際かなりの勇気がいったことであろう。

だけど、俺はその後の先輩の生活のほうが疑問だった。
その後、家無しの状態でどこに泊まるつもりなのかと疑問を投げかけてみると
とりあえずは車で生活をして、すぐに家を借りるつもりだと答えた。
なんとも行き当たりばったりで、あまりにも無計画だ。
俺は、当時は実家なので泊めてあげることはできない。
こっそりと家を借りてから、逃げて引越しをしてもいいのでは?と
提案をしてみるも、今はただただ一日も早く逃げ出したいのだという。

普段、いろいろ話を聞いてくれる穏やかでいい先輩だ。
話を聞いているうちに、この怯えきった草食動物のような先輩を
助けないと。と身体からアドレナリンが湧き出てくるのを感じた。

ここから先輩の家に戻るのは、地下鉄と小田急線の急行と各駅を乗り継いで2時間。
彼女との待ち合わせ時刻は、あと3時間。
急ぐ必要がありそうだ。
混み始めた小田急線に乗りながら、2人で今後の彼女の電話への対応。
計画を2人で話し合った。

空が暗くなった駅に到着すると、先輩は帰り途中の不動産屋に鍵を返した。
幸い駅から先輩のアパートは近く、そこから2人で持ち出した荷物を
小走りで往復して先輩のセダンの車のトランクに押し込んだ。
荷物が少ないとは言っていたけど、この人のはたったこれだけだったのか。
少ない家財道具からも、田舎から身一つで出てきた先輩の寂しさをどことなく感じた。

これは本当に夜逃げ状態だ。

先輩は気疲れしてそうだったし、彼女からの電話に備えて
運転は冷静な俺がしていくことになった。
なんだか非常にスリリングな、逃亡者みたいな感覚だ。
車を都内に向けて走らせると、先輩は手伝ってくれた俺にご馳走をさせてくれと
先輩の希望で、世田谷区の桃太郎寿司に寄ることになった。
逃げ切ってやったぜー!
そこで、2人で寿司を食べながらとりあえずの安堵を尽き
先輩の脱出成功を祝った。

正直、基本的に男と女の問題だから2人のことは2人にしかわからない。
ただ、先輩のホッとした解放されたような表情が俺にはうれしかった。

それが俺が経験した、夜逃げの手伝いだった。

果たして、また俺は夜逃げの手伝いをすることになるのだろうか。
両方とも、家主が同居人から逃げるための夜逃げである。
というのが奇遇にも共通する。

とりあえずは、ならない方向でアドバイスをしたのだが、どうなることか。
ならないこと祈りたいものだ。
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by masa3406 | 2009-10-11 07:28

親友の結婚式

大学時代の友人の結婚式に出席してきた。
こじんまりとしたレストランウェディング方式で
出席人数も絞っていて少なく、共通の知人もいなかった。

最初はチャペルで式をして、それからはレストランで会食形式だった。
親族が中心のすべてが知らない人ばかり。
いつもは同窓会状態でこういう形態の式は初体験だったので、俺も少し緊張をした。
よく考えてみたら、俺は友達の両親にも会ったことがないので
ご両親の顔もわからないのだ。
式が始まる前の待機場所に年齢が近い、友達の友人が数人来ていたので
居心地の悪さをお互いに緩和するかのように、
どちらともなくお互いに自己紹介をして話をした。

チャペルで執り行われた式は、外人の牧師さんが
日本語の滑舌が悪いのか微妙に聞き取りにくくて、俺はそれをなんとか
解読しよう、聴き取ろうと耳に集中したが
3分の1くらいしか聴き取ることができなかった。

白のタキシードを着た友人は、ちゃんと聴き取れているのかな
などと余計な心配をしてしまったほどだった。
新婦さんは、俺はこの日が初めての対面だったのだが
背がすらりと非常に高くてドレスが似合っていた。
それを見て、
今年出席した別の友達の嫁さんも、そういや背が高かったなあ。
などと全然関係ないことを思い出していた。

性格的に人前に出ることがあまり得意ではない友達は、
自分の主役の立場を演じることに疲れを感じるのか、
顔は緊張していてときおりほんの一瞬だが
不安そうな表情や疲れた表情を垣間見せていて、
奴の心の声がこちらにも伝わってくるようだった。

女は結婚式をしたがるが、大多数の男には結婚式は
精神的に非常に疲れる行事なのだ。

式が終わると、撮影会になった。
集合写真が終わると
親族や新婦の友人皆がデジカメやカメラで、
新郎新婦をさながら芸能関係の報道陣のように
かぶりつきで熱心に撮影していた。
俺はその中に割って入ることがはばかられて、
結果的に友達の友人と共に遠巻きに眺めることになった。

それが済むと、レストランに移動しての会食となった。
1つの長くしたテーブルが連なっていて、
そこに対面式に全員着席する方式で
席が独立していなかったので、どことなく緊張した雰囲気になった。
皆の顔の表情が堅い。

むむむ・・・ この堅い雰囲気のまま食事するのはつらいぞ。

こういうときは、いつもの結婚式のように
酒を入れて過ごしてしまうのが一番だ。
酒をどんどん飲んで、話しやすい人と会話をしていつものように楽しんでしまおう。
と俺はスイッチを切り替えることにした。

新郎・新婦の挨拶が終わると
俺は、グラスのシャンパンやワインを飲んだ。
食事はフレンチのフルコースでとても美味しかった。
昔は、グルメが好きな俺は
たまにはフレンチやイタリアンレストランに行き食べていたのだが、
ワープアの今やそれも遠い過去の世界だ。

酒が入ってきて、隣の友達の友人と会話が盛り上がってしまい
気がついたら最後までその人と会話をしていた。
友人のご両親と、新婦さんのご両親?とは挨拶をしたくらいで
振り返ってみると、後は誰とも会話をしていなかったのだ。
最後のお見送りの時に、新婦さんに挨拶をして
まるで帳尻を合わせるかのように、あらためて遊びに訪ねることを約束した。

これじゃあ、知り合いと居酒屋に飲みに行ったのと変わらないよな。

結局、俺は俺であった。
いつもの俺のように
ほどほどに感動して、マイペースに酒を飲み、食事を楽しんできた。
結婚式そのものには、どうにも入り込めない自分がいた。
結婚をして幸せでよかったなあとは思うのだが、
いかに近しい友人であろうが、結婚そのものには
心から入り込んで感動できないというか、これがどうしても関心が持てないようなのだ。

俺にとっては、親しい友人が結婚した、という出来事であって
完全に友人のプライベートのことで
どうにも結婚式は俺の心の琴線に触れないのだ。
俺は何か人としての、情感に欠けているだろうか?

だから、自分なりに
今度、プレゼントを持参して訪ねて、あらためて新婦さんと友人を交えて
酒でも飲みながら会話をすることにしようと思う。

すまんがそれで許してくれ。
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by masa3406 | 2009-10-08 03:18