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新婚さん

今年、結婚した友達に以前から、ぜひ奥さんも交えて飲もうと言われていたので会ってきた。
奥さんはバイトで7時過ぎに帰宅するというので、
最初は有名なハンバーグ屋 五反田のミート矢澤に行き、
それから友達の家に行って、出たばかりのウイニングイレブン10をプレーした。
行列を並んで食べたハンバーグは、中が真っ赤なレアで美味しかったが、
ソースの味も含めて、良くあるような味で俺と友達との意見は、美味いけど普通だな。
という評価で共通した。

ずるいと言われるので奥さんにはハンバーグを2人で食べに行ったことは
内緒にしておいてくれと言われて
お互いが1人の時にどこで何を食おうが自由だと思うのだが、
既婚者っていろいろとややこしいんだなあ。と思った。

奥さんが帰ってきてから、友達が鳥鍋とカレー鍋を作ってくれて
3人でそれを食べながら飲んだ。
奥さんとはゆっくり話すのははじめてだったのだが、
よく話す人で、気さくで話しやすかった。
あくまでもこれまで生きてきて人を見てきた勘なのだが、
この奥さんが子供ができたら、とてもいいいお母さんになりそうだなあ。
という家庭的な雰囲気が非常に漂っていて、
この夫婦は、ごちゃごちゃ考えずに
早く子供を作ったほうが幸せな家庭が築けていいだろうな。
と個人的に感じた。

俺は、新婚家庭に訪問した時のお約束の
2人の馴れ初めや2人の出会った時の最初の第一印象なんかを
質問していたのだが
奥さんは、よくぞ聞いてくれた。と酒が進んで酔っていたのかとても饒舌になり、
この夫婦は、いわゆる婚活サイトで知り合って結婚したのだが
実は、友達に出会う前に既に10数人と出会っていて
そのうち2人と付き合っていたことまでも自ら暴露した。
わざわざエッチをしていたことまで話していて、なにも旦那がいる前で
そんな余計なことまで言わなくていいんじゃないのかな・・・
と俺は内心ちょっと冷や冷やした。

友達には、奥さんは友達と会う前は
1人としか会っていないらしいと言っていたのを
俺も以前聞いていたので、そいつは話が違うぞ。とならなきゃいいけどな。
と思ったからだった。

個人的には、現実はこんなもんだろうな。
と全く不思議には思わなかった。
それは、俺も以前、チャットから仲良くなった子と数人会ったことがあったのだが、
今まで会った人の話になると大体の子は今まで2・3人しか会っていないと
過小申告をするのが常だったからだ。

奥さんは、友達と会ってそれまで会った人が
年上のいかにもおじさんのタイプの人ばかりだったので、
友達の表情やしぐさが、子供っぽいところに母性本能をくすぐられて好意を抱いたのだそうだ。

そして、2人でデートした時のお好み焼屋で2人で行列待ちをしていて、
奥さんだけが待つ人が座る椅子に座った時に
友達が立ったままではなく、隣にしゃがんで目線を一緒にして会話をしてくれたことに
とても胸がときめいたんだそうだ。
女の人は、デートのちょっとした行動でどう感じ取るかはわからないものだ。

奥さんはよく話す人なのだが、結婚や恋愛に関するテーマが好きなようで、
俺に結婚をしないのかと何度も理由も質問してきたり
俺が相手は探していないと言うのに
何度も友達を紹介しようとしてくるのには、ちょっと困った。

なんで結婚に興味がないの~?好きな人とずっと一緒にいるのは幸せだよ~と言われて
今、奥さんは友達と生活ができてとても幸せなのだとわかり、
2人の新婚生活が幸せそうなことに安心をした。
この明るい奥さんなら、またいつか遊びに行って3人で飲むのも
楽しそうだなと思った。

最後に、
個人的には2009年は、今まで生きてきて最悪な年に近く、後退した苦難の年だったので
来年は、マシな進歩をする年にしたいな。と思う。
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by masa3406 | 2009-12-31 06:01

変わり者?

1年弱ぶりに、高校の同級生4人で集まって都心で忘年会をした。
2人は既婚で、俺を含む2人は独身。
2009年は、1人は今年は3人目の子供が生まれたし
悲惨な年だったのは俺だけで、みんなにとっては充実した順調な年だったみたいだ。

独身の奴が、婚活のサイトで活動をしているのだが
ようやく事務をしている彼女ができたとやらで、
みんながそいつに突っ込んで盛り上がっていた。

ところで、俺はどうなんだと急にみんなに俺に振られて
え?俺?と向いた矛先に戸惑う俺。

俺はなにもないし、俺のことはいいから
と流そうとしたのだが、
みんなの顔がものすごく興味深々の顔で、食いついて止まらない。
恋愛ごとに無関心に過ごした俺には、答えようがない。

お前は、女に興味がないんじゃないのか?とか
結婚願望はあるのか?とか
どんな子がタイプなんだとか、結婚しなさそうだとか。
言いたい放題言われるわ、質問攻めにあうわで参った。
やれやれ。昔からの友達らも内心は不思議でたまらなかったらしい。
そんな風に思われていたのか。
2人でいるときは聞かないところをみると、
実は内心聞きたくて聞きたくて仕方なかったのだろう。
みんな男子校時代の友達なのだが、俺は昔一緒につるんでいた時と
何にも変わっていないだけなんだと思うが、
時間とともにみんなは変化をしていて、大人になっても俺だけが変わっていないのかもしれない。

みんなの俺を見る何とも興味深々な目が同じで、このシュチュエーションはジムの飲み会と
他の仲間でも2回はあったな。と思いだす。

こんな俺でも、俺の何が良いのか
実は今年はバイト先の子2人からアプローチがあったことは事実だけど、
女よりも明日のパン。生活のことで手一杯だった半人前の俺は、
曖昧にして逃げた事実を言うと、
さらにみんなから、お前はおかしいんじゃないか。どうしてなんだ?と突っ込まれそうなので
黙っておいた。

ジムの飲み会でも、仲間に興味深々の顔で同じようなことを突っ込まれるし、
彼女がいないとか欲しがらないことが、この世の中では社会的にも非常に不自然なことに見えるようだ。

俺って奴は、世間の普通の男からしたら
おかしい奴で変わり者なのかな?とあらためて思ってしまった。
来週は、別の友達と友達のカミさんと飲むので、
またそのカミさんに不思議な顔をして聞かれそうな予感がする。

うーん・・・やっぱりおかしいのだろうか。
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by MASA3406 | 2009-12-23 08:31

Fさん

大学時代1年生の時にバイトをしていた返礼品の会社の人と
本当にそのとき以来たまたま会い話をした。
その人もおじいさんになりかけていて
時の流れを感じた。

会社は、俺が当時バイトをしていた返礼品の部門はなくなって、
そのまま別会社に吸収されたらしく、
今は仏壇を売る部門だけになっているとのことだった。
縮小したのだろう。業績が悪いのだろうか。

俺は、記憶に残っている当時一緒に働いていた人の名前を
何人か出して、ちょっとした当時の懐かし話になった。
話していたら、その時の情景がいろいろと蘇ってきた。
とても居心地の良いバイト先だったので、
今でも俺にとっては楽しい思い出だった。

当時、バイトをしていたときにFさんという眼鏡をかけた40過ぎであろうおじさんがいた。
小柄で中年太りのFさんは、普段は下水道局に勤めていて、
夜勤明けに同じ下水道局の仲間と小遣い稼ぎに
内緒で週3・4日だけバイトをしに来ていた。

東京理科大を中退したという異色の経歴を持つFさんは、
物腰が柔らかくて仕事のことを聞いても論理的でわかりやすく、
いいパパといった感じの人だった。
多分、公務員だからであろうか。
民間にいるセカセカした社会人の雰囲気はなくて、
おっとりした雰囲気が、話していて当時の俺には居心地の良さを感じた。

大学生で、いろんなことに興味があった年頃の俺は、
当時は数少ない大人との接点だったこともあり、
世の中の疑問や、社会のことをいろいろ質問したり
話し相手になってもらっていた。
まだ子供だった俺をかわいがってくれたのだろう。

現場に行く車中、Fさんといろんなことを話しをしながら
行くのはとても楽しかった。
確か、当時で高校生くらいのお子さんを含む
4・5人のお子さんがいた気がする。

Fさんは趣味で家庭菜園をやっていて、たま野菜を
持ってきてくれて
昼飯時に、俺たちのために蕎麦を作ってくれることもあった。
Fさんの作ってくれた蕎麦はとても美味かった。

俺も将来こんないい雰囲気のお父さんになりたいなあ。
と小器用で柔和なFさんや、そのFさんの持つ
暖かなパパさんといった雰囲気に憧れたものだ。

いろいろ話した最後に、そのFさんの名前を相手が切り出した。

実はね・・・。Fさん自殺したんだよ。

びっくりした俺は、驚きの声をあげていた。
自殺したのは数年前だそうで、
原因は、知らされなかったのかわからなかったそうだ。

いつも柔和で幸せそうな、いいパパのイメージのFさんと自殺が、
俺には、あまりにも結びつかなかった。
この世は、いい人ほど生き辛い世の中なのかもしれない。
いい時のまま、生き続けることの難しさを知った。

俺の中の楽しかったいい思い出が、悲しい思い出へと変わった。
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by masa3406 | 2009-12-17 13:00

精神的な理想の限界

今年は無職期間が長く、なにもできなかった時期が長く
いろんな友達との飲み会も控えていたので、
年末である今月は、毎週飲めていなかった友達との飲み会だの予定がいっぱいだ。
それが俺が、今年やり残したことだったのだろう。
我慢していた分、俺も寂しかったのだと思う。

今年、一番感じたことは
金がないことで生活その他でいろいろと制限をされて、生活において様々な部分で
かなり我慢や制限を強いられた1年だったということだった。
自分にとっては、ここ何年かではかなり辛い1年だったと思う。

幸い、俺は感情的な振幅がさほどない人間なので、
精神的には、まったくどうなることもなかったけれども、
金もないし付き合いもままならず
ある部分、人を遠ざけざる得ない非常に不本意な年であった。
せっかく誘ってもらったのに何度お断りしたかわからない。

俺はプライドが高いがゆえに人には弱みを見せたくない人間であるようで、
逆境でも会う友達とは、いつものように楽しく会話をしていた。
まあ、その時は俺もいつものように能天気になり楽しいわけで。。。
だから友達の誰も、俺がそんな状況にあったことは知らないと思う。

小中高でも、少なくとも学校では人前では泣いたことは1度も記憶にない。
遡るなら、泣いた記憶は幼稚園の時なのだろうか。
幼い時からだから、とくに徹底してそうしようと思っていたわけではない。
それは、単純に俺の母親が徹底して弱みを見せないことに似たのかも知れない。
俺は母親とは不仲であり、あまり好きではないのだが、
少しでも結果的に似てしまうとは皮肉なものである。

以前もレスしたが
俺は俺でありたい、自分らしく生きたい
自分のペースや自分の枠を大きく出たくない
向かないことはやりたくない
と思って生きている、単にプライドが高く非常に頑固で
不器用な人間なのだけれども
その自分らしくあるためにも、最低限のお金がないと
それですら困難であることを思い知らされた1年だった。

俺は、スタイリッシュに精神の理想だけを求めて
あれはいやだこれもいやだ。
これは俺の生き方に反する。
これは俺の性格には合わない。できそうにない。
と妥協せず我慢をせずに気ままに選択していたら、
厳しい現実の壁にぶつかったのだ。
それは、実力も伴い金を得ている人間が、初めて選択できる選択肢なのだ。

世の中、すべてがお金であるとは言いたくはないけれども
資本主義の世の中では、最低限の金があって初めて物事が成り立ち
それに抗うことは難しいようだ。
最低限のお金があり、生活が成り立っている人間が
世の中お金じゃないと言えるのだと思う。
悲しいことではあるけれど、最低限のお金もいろいろなものを維持していくためには
同じように大事なのだ。
最低限のお金は、ベースになる部分で土台なのだ。
建物で言う基礎みたいなものだ。

身近なまわりを見渡してみれば、友達は仕事や奥さんやら彼女やらとの
生活の中で生きていて、
いつまでも自分が自分であるために
自己に執着して生きているような人間は、ほとんどいやしない。
俺はダメ人間なくせに、スタイルを崩すことがなくかっこつけなのだ。
認めたくはないが、金銭的に恵まれた甘やかされて育った
弊害でもあるのかもしれない。
俺はいまだに精神的にはぬるま湯なのだろう。

みんな、自分の殻に逃げることなく
配偶者や仕事の環境との協調の中で生きて、
そこでもまれてなにがしかの成長をしていっている。
彼らには大事なのは、自分の精神の理想よりも
現実的な2人の生活なのだ。

ようやく仕事を始めたけれども
これまで精神的な自由さの理想だけを求めて
仕事から逃げ、女からも逃げ、染まることをかたくなに拒み
楽な道を選んで来た分
俺だけが年齢と不相応に精神的に幼いのだ。

この自分を捨てない俺スタイルも、そろそろ年貢の納めどきなのかもしれない。
もう、破綻がそう遠くないうちに訪れる気がする。

妥協、協調、我慢

これを来年のテーマにしていきたいと思う。
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by masa3406 | 2009-12-13 06:54

小便横丁

新宿に行った帰りに、1人でふらりと
西口の通称、小便(しょんべん)横丁に立ち寄り、うなぎの店 かぶとに行った。

今は、思い出横丁となっているが、その名前の由来は、昔は酔っ払いが小便をしていくからか
ここはしょん横と呼ばれていた。
ここに焼き鳥やらいろんなカウンターしかない狭い飲み屋が、ごちゃごちゃと軒を連ねていて
さながら戦後の闇市のような雰囲気だ。
その中手に入った右側に、このかぶとという 有名なうなぎ屋がある。

http://gourmet.livedoor.com/restaurant/6331/

ここもカウンターのみの小汚い狭い店で、うなぎのいろんな部位を
焼き鳥みたいに串に刺した方式で、出してくれる店だ。
最初に塩かタレかを選ぶのだが
それに山椒をふりかけて食べると
うなぎのゼラチン質の脂が口の中で溶け、これらはもう絶品なのだ。
無職になってからは、とんとご無沙汰で久しぶりの来訪だった。

ここに来た客は、誰もが「一通り」というメニューを注文する。
これはいろんな部位の、
うなぎのレバー 肝 ひれ えり 蒲焼がコースで出てくる。
どれも脂が乗りコクがあり、蒲焼も焼き鳥の串で食べるのも
なかなかの美味さだ。

追加で、裏メニューの頭の部分の 「まる」を頼む。
中の小さい頭蓋骨がコリッするが、ほかは脂肪分でこれもまた
脂が乗って美味い。

これらがまたビールと合い美味いのだ。
会計をすると、
じゃあ2万1900円ね。という、あまりにも古いギャグで親父が返してきて
とっさに返しに困ったが。
じゃあ、俺も財布から出した3千円を3万円と返すべきだったのだろうか。

そうしたら、親父もご満悦だったのだろうか。

美味いものを食べるとその瞬間、
人は幸せな気分になれる気がする。
こんなひと時が、俺には十分な幸せをもたらした。
帰りの電車でも、ほろ酔い加減でなんとも心地よかった。

俺本来は、ダメ人間で
労働は基本的にあまり好きではないが、
これのためだけでも、十分に働くことの理由になるのかもしれないな
と思った。
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by masa3406 | 2009-12-12 16:19

恵まれた環境

バイトの最終日の最後に、接点があった子たちに別々に
これでお終いのさようならのあいさつをした。
本当に今日で最後なんだねえとか、頑張ってねとか、応援しているよとか
惜しがってくれたりかけてくれる言葉や表情が、みんなとても暖かくて
人の温かみに触れたような、懐かしいような寂しいようなうれしいような
入り混じった複雑な気持ちだった。
恥ずかしがり屋の俺だが、自分なりに心をこめて温かい挨拶で返した。

俺という人間を各々が人間的に信頼して、受け入れてくれていたのだなあ。
と感謝をした。
ここは女の子達もアットホームな環境で、
俺には合っていた環境だったのかもしれないなと
帰りの車中で、今更ながら後ろ髪を引かれるような
感傷的な気分になった。
俺は恵まれた環境にいたのだ。

彼女たちの生きる水商売の世界は、実力社会でいわば個人事業主みたいなものだ。
表街道の世界ではないし、
もちろん俺もだが、お互いに生きていく上で人よりも苦労もあるかもしれない。
特に若い彼女たちの未来は、元気で幸せなものになって欲しいと思う。

俺も後悔しないように、新しい店で頑張るつもりだ。

みんなありがとう。 お元気で
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by masa3406 | 2009-12-06 05:41

新天地

今週で夜のバイトの店を辞めて新しい店に入ることにした。
街は再び慣れた前の街へと戻ることになった。

辞めるにあたって色々と理由はあるのだが、大きな理由は
時間が昼間の仕事と合わなくなったからだ。
そりゃ、俺も夜は寝たいしやめたいけれど、
悲しいことにまだまだ稼ぎが足りないので仕方がない。

何人かの子には内緒でやめることを伝えたのだが、
言う子言う子がええ!やめちゃうの。と言ってくれた反応が
日頃はどう思われているのかには、まったく無頓着だっただけに、
少しは俺という人間に慣れてくれていて
仕事を認めてくれていたのだな。
と、少しだけうれしく思った。
これが使えない奴だったのなら、反応がふーんだろうから。

例の積極的な子には、やめることを言わないで黙って去ることにした。
こういうところが、俺が大人になりきれていない所なんだろうけど
簡単に言えば逃げだ。。。

振り返ると、この店は性格がいい子が多くて
俺としては仕事がしやすかったように思う。
わずか、半年ばかりの期間だったけど、仲間にはありがとうと言いたい。
次の店では、いい人間が多いことを願うばかりだ。
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by masa3406 | 2009-12-03 06:39