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市内観光2

北村は、日本に例えるなら東京の白金か芦屋や田園調布のような
高級住宅街といった閑静なお屋敷町で、
訪れると急な坂にお金持ちそうな屋敷が並んでいた。
韓国も日本と同じで、格差社会であることをこの街を訪れて実感する。
外交官の家もあり、非常にブルジョワな雰囲気な風景だ。
なぜかセコムの防犯システムをよく見かける。
ここでは狭い坂を登っていくと、ちょうど韓流が好きそうな
年代の日本人観光客のおばさんたちと頻繁にすれ違う。
坂を登りきってから下っていくと、韓国人のおばさんに日本語で話しかけられる。

おばさんは坂を降りきったところで交差している道の左上を指して、
あそこがユジンの家ですよ。
と説明してくれた。
俺には、誰の家だって?
と頭の中が?マークに包まれたのだが、
親父によると、韓流ブームを作ったドラマ
冬のソナタのヨン様の恋人役の住んでいる設定の家なのだそうだ。
今は工事中らしく外にシートが巻かれている。
俺は見ていないので、さっぱりわからないし何の感慨も浮かばない。

そして、目の前に学校らしきものがあるのだが
そこがその恋人が通っていた設定のソウルでは有名な学校らしかった。
それで、ここで日本人のおばさんの集団と頻繁にすれ違う理由がわかった。
連れたって、ロケ地を巡礼しているのだろう。

そこから、腹が減ったので二大市場のひとつである南大門に地下鉄で向かう。
南大門は、表の大通りには近代的なビルが並んでいるのだが、
路地に入るといかにも大阪の下町の新今宮とか天王寺周辺に
雰囲気が似ていて、
ごちゃごちゃと小さい小汚い商店が犇めき合っている。
とても野暮ったくて昭和の雰囲気だ。
靴や生地屋が路地裏にびっしりとあり、ここはそれらの問屋街であるようだ。

近代的なビルは、すべてファッション関係の衣料品のビルだ。
あちこちで工事をしていて、多分ここも区画整理をして
いずれは、全てがこのようなきれいで大きなビルに変わっていくのだろう。

どこもごちゃごちゃしていて、人が沢山いて活気があり、
築地の市場の路地のようでもあり、典型的なアジアンな風景だ。
乱暴に言えば小汚いに尽きる。

そこから、食関係の市場に向かう。
ここも路地裏にごちゃごちゃと飯を食わせる、生活臭がする小汚く小さい店が並んでいる。
焼き魚の店や生け簀がある店が多く、どうやら俺が食べたかった
牛肉ではなく、ここは魚料理街のようだ。
店前に焼いて置いてある魚はスズキが多く、珍しいのはナマズの料理の店なんかがある。
ちょっと覗き込むと、日本人観光客が多いのか
熱心な呼び込みを受けてしまうので、やや俺は怖気づく。
外地に慣れている親父は、まったくこういう場でも気後れしないで堂々としている。

俺は、肉を食べたかったので
何回か往復して物色した後に親父と鳥鍋料理の店に入った。

入ると、俺たちは韓国の代表的な鶏料理、サムゲタン を食べたかったのだが
待ち構えていたおばさん集団にこれねと
半ば強引にメニューを決められてしまった。
親父だけが、サムゲタン サムゲタンと言っているのだが、
スルーされる。

またたく間にテーブルの上に鍋が持ってこられて、
そこにおばさんの中の1人が無言で鶏まるごとの塊をパチパチと
ハサミで切って鍋に放り込んでいく。
問答無用だ。
中には青菜が浮かんでいて、なんだか水炊きのような料理だと想像した。

この期に及んでも、親父はまだおばさんにサムゲタン サムゲタンおメニューを指しながら
食い下がっていて、
おばさんが、面倒くさい客だと言わんばかりに
うるさそうにこれはここで一番美味しいし
みんな食べると、片言の日本語で言い始めた。
ちょっと嫌な空気が流れる。
明らかに、おばさんはイラっときている様子だ。
この人は客の注文を無視して勝手にメニューを決めて、
なぜお客さんに逆ギレをしているのだろうか?

と疑問には思ったけど、ここは外国。
また小心者でもある俺は、親父にもうこれでいいじゃんとなだめた。

それから、おばさんが各々小皿に入った
唐辛子と生ニンニクとニラのようなものを混ぜ合わせて、
タレのようなものを作り始めた。
この中に、鳥をつけて食べるようだ。

スープが煮立ってから、鶏をそのタレにつけて口に運んでみる。

タレは醤油とニンニクと唐辛子や酢が混じったような味で、塩気も効いていて
これが日本人の味覚と非常に良く合う味だ。
何回そのタレをつけても飽きが来ない。
飯があれば、飯が何杯でもいけるような味だ。

ビールを飲み、親父とこれは美味いねえと食が進み互いの顔もほころぶ。
スープも鶏にエキスがよく溶け込んでいて、鶏肉特有の臭みもなく美味い。
日本でもこの鍋の味は受ける味だと思った。
途中から、白菜のキムチも投入するとこれも合う。
キムチのせいで途中から味が本格的に辛くなり、汗が吹き出してくる。
最後にツルツルとコシがあるうどんを入れて〆たのだが、
これが韓国に来て一番美味い料理であった。
ちなみにタッカンマリという韓国では有名な料理なんだそうだ。

店を出て初めて気づいたのだが、店のドアにぐっさんこと
山口 智充がロケをした時の写真が貼ってある。
フジテレビの土曜日のにじいろジーンの1コーナーである
ぐっさんが韓国の食を訪ねた時の写真で、
俺、数ヶ月前にこれ見ててこの鍋は美味そうだと感心していたじゃん。と
まるで気づかなかった己のマヌケぶりに驚いた。
記憶喪失なのか。

そこからタクシーで、山の上にあるソウルを一望できるソウルタワーに向かう。
どこの国でもあるような、よくある都市を展望できるタワーと言うことで、
ここは細かいことは端折るが、
途中にある金網に恋人が互いの名前を書いた
南京錠をつけると永遠の愛が叶う。とやらの言い伝えがあるとやらで、
確かに金網には無数の南京錠がびっしりと取りつけられていた。
これは平塚の湘南平のテレビ塔で見た光景と同じだと
過去の光景がオーバーラップしてきた。
この手のものは、どこの国でもあるんだなと思う。

そこから、下山をしてデパートなんかをブラブラする。

道を歩いていて気づいたのだが、韓国の人は道を譲らないので
よけながら歩かないとならない。
彼らはどくことを知らないようだ。
また、親父が地下のデパートの入り口のドアを
後ろに続いている女性のために持っていてあげても、
誰もありがとうとも言わない。
年寄りを敬う儒教の国だと聞いていたので、不思議な光景でもあった。

日本の街の公共マナーと大きく違うのは、携帯電話とこのマナーだと思う。

韓国人の女の子は、黒髪がほとんどでカラーリングをしている子を
あまり見かけなかった。
親父も気づいて言っていたけど、身長が皆160センチ以上あり
平均身長は日本人女性よりも高いようだ。
スリムな人が多く、太っている子も日本人のほうが多い気がする。
辛いものばかり食べているので、代謝が良くて太りにくいからなのだろうか。
また、韓国は肉料理が多いのだが意外に淡白で脂肪分が少ないことにも気づく。
この食生活も関係しているのであろうか。

町行く中年男性も、日本よりもメタボな体型が少ないように感じた。

ちょうど時間も夕暮れ時になり
夕飯までは時間があったので、俺はプロ野球を見に行こうと親父に行った。
それを聞いて親父はとても嫌そうな顔をした。
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by masa3406 | 2010-04-28 01:10

市内観光

中心部の地下鉄ミョンドン駅から地上に出ると、
札幌か名古屋の栄のような風景で、大きな道路に
デパートにホテル、企業の入っている近代的な高層ビルが立ち並んでいた。
日本とあまり変わらない風景だなあ・・。とまた感じる。

ビルの谷間の路地を入ると、そこは繁華街になっていて
飲食店、化粧品屋、服のショップが立ち並んでいる。
どことなく歌舞伎町と渋谷が混在したような風景だ。

昔はごちゃごちゃしていて戦後の闇市のような
小汚い店がひしめく典型的なアジアの風景だったらしく、
親父が変わったなあとしきりに驚いている。
それらをぶっ壊して、区画整理をしてショッピングビルに立て替えたのだろう。

中でも洋服屋と化粧品のアイテムの店が非常に多く日本人の若い女の姿をたくさん見かける。
確か前にIKKOが、韓国のコスメを紹介して大ブームになった記憶があるのだが、
多分、化粧品のアイテムを買い出しに来る日本人観光客が多いのだろう。
韓国は女性には、美容の国であることを感じる。
ここは日本語で書かれた看板も多い。

服は韓国は淡いピンクが好まれるようで、淡いピンクの服がよくショーウィンドーに
飾られている。
日本人なら、もう少し薄いピンクを好みあまり選ばないような色だ。
町行く韓国人の若い子やおばさんのピンクの服装をよく見かけた。

町をぶらついてから小腹が空いたので、お粥の店に入り
アワビのお粥を食べた。
店はこぎれいでお上品で、いかにも日本人の女性客を意識して作られたような
店内で、味も案の定あっさりしていて、物足りなさを感じる。
ここの小鉢に入ったキムチも辛くはない。

せっかく、ここまで来たのだ。
もっといかにも韓国的な食べ物を食べたい。と思う。

そこからタクシーに乗り、世界の文化遺産の昌徳宮という
過去に王様が統治していた時代の王宮を観光に行く。

ちょうど行った時間が、英語でのガイドの時間なので日本人の観光客がほとんどいない。
ツアーらしきタイ人 中国人観光客が多い。
中国は、いま空前のバブルなので富裕層が海外旅行に多く出かけているのを実感する。
中国人の若い女の子は、黒のレギンスを履いている子が多く今の流行のようだ。

王宮の造りや、他の建造物は全て中国の建造物にとてもよく似ていて、
アジアは中国の大陸文化が発祥の地なのだなと思う。
親父は歴史に詳しく、博学なので王朝について色々と知識を説明をしてくれる。

庭園に桜や色とりどりの花がありきれいだ。
種類についてはわからないが、
韓国の桜は日本よりも色が薄く、日本の桜よりも少々小ぶりな気がする。

親父に何回かデジカメで撮られて、
昔から写真に撮られるのが苦手な俺は、妙な気恥ずかしさを感じる。
俺も何回か親父をデジカメで撮った。
昔だったらしなかったことだ。
もう一緒に海外旅行に行くことなどないかもしれない。
もしかしたら、これが最後の思い出になるかもしれないのだから。

中高で反抗期だった俺は、その時代は母親ともだが親父ととても不仲だった。
勉強もできなくて荒れていた俺には、理解してくれない人間として
時に敵意すらあった。
家では口を利かなかったり、口うるさく言われようものならしょっちゅう口喧嘩をして
殴りあいも何度したかわからない。
親父はとても力が強くて、
よく殴られたり、柔道をやっていた親父に投げられて叩きつけられたものだ。
中高時代は、親父にも喧嘩で負けないように一生懸命毎日筋トレに励んだ。

そんな俺たちが、今お互いにいろいろ話をしながら
こうして一緒に観光をしている。
俺も大人になり角が取れ、素直な自分が出せ
素直に会話ができるようになった。
今じゃ親父は、ちょっとした良き相談相手でもある。
困ったときは、うちは母親ではなく親父が助けてくれる。

時の流れとは、全てを洗い流すのか不思議なものだ。
最近、父親を刺し殺したニュースをよく見るけど
その時期を耐えると、のちにまたお互いに会話ができる
いい関係が築ける時期が訪れると自身の経験から思う。

そこから、ソウルのお金持ちの地区である北村に向かった。
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by masa3406 | 2010-04-24 03:33

ソウルの地下鉄

翌日地下鉄で、中心部のミョンドンに向かう
地下鉄は、日本語で手順を教えてくれる券売機があり、実にわかりやすい。
運賃は距離ごとで3種類で、だいたい100円くらいと非常に安いのが助かる。
ちょっと買い方に戸惑っていると、駅員が見ていてすぐに来て教えてくれて親切だ。
なぜか、運賃以外にも保証金50円くらいを取られて、出たときにカードをまた機械に入れて
返金してもらう。
駅名のハングル語は象形文字のようで、さっぱりわかないが、
駅ごとにわかりやすいように番号が振ってあり、路線ごとに色がついているので
乗り換えも非常にわかりやすくできていて感心する。

たとえば、新宿駅は120番 次の新宿三丁目駅は121番 その次の新宿御苑駅は123番といった具合だ。
乗り換えるときは、壁に乗り換えの先までその色のラインが引いてあるので、
それを追っていけばいいだけで迷うことはない。

駅は、核シェルターも兼ねているらしく地下深く作られているので、階段の上り下りが多く
エスカレーターもない階段が多いので、こちらの老人は大変そうだ。
何本か乗換えをすると結構歩かされて疲れる。

車内は非常に清潔で、日本の地下鉄の車両の風景とほとん同じで違和感は全くない。
乗客も誰もがおとなしく乗っており、サラリーマン 学生 若者 老人と
肌の色も同じで東京で地下鉄に乗っているかのように錯覚すらするくらい似ている。
教科書を読みながら勉強している大学生なんかも頻繁に見られて、
教育程度が高い国なのだなと思う。
ヨーロッパみたいな、怪しげな乗客がいて緊張することも皆無だ。
ただ老人の数は日本よりは明らかに少ないのが気になる。
親父がそれに気づいて不思議がっていた。
老人はあまり地下鉄で外出をしないだろうか。
夜になると車内にはほとんどいなくなるのが、顕著な現象だ。

車内で携帯でしゃべるのはいいらしく車内で携帯で話している人を頻繁に見かける。
日本とは違い、走行中の地下でも電波がいいのがうらやましい。
こちらの人は、携帯で話す声が大きいのが気になる。
座席に座っている人は、携帯をいじったり音楽を聴いていたりおとなしく
日本と同じ光景だ。

こちらは儒教の国で、老人には席を譲らないとならないらしく
何回かそれを気遣い、あえて座席には座らなかった。
朝の混雑具合は、東京ほどではなく7割程度の乗車率でしんどくはない。

乗っていて1つ気づいたことは、駅の乗り降りの時に
次の駅で降りる人はそのまま乗ってそのままドアの正面に立ち続けることだ。
場所塞ぎな感すらある。
日本だと明らかにこいつは邪魔だな。とりあえず奥かサイドにどけよと思うことだろう。
俺は小学生から、電車通学 通勤をしていて暗黙のポジショニングを知っているので、
非常に細かいことであるけれどもそこに違和感を覚えた。

いくつか乗り換えて、地下鉄の駅に降りると地下街になっていて
雑踏が歩いていて、新宿の地下街か名古屋や大阪の地下鉄の駅のようだ。
時にコンビニが改札の前にあることも似ている。
中心部にはこうした駅が、いくつもあって日本とホンと似たような
景色の国だなあと思う。
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by masa3406 | 2010-04-24 02:13

韓国旅行1

父親との韓国、ソウル旅行から帰国した。
2泊3日(実質1泊2日)の短い旅行であったので、かなり詰め込んで
一人旅行並みに行動をした。

そんなわけで、非常に短い時間に俺が観察したソウルについて
つらつらとつづりたいと思う。

まず着いた24時間眠らないハブ空港の仁川空港は、
成田空港よりも大きく近代的な空港なのに驚かされた。
親父によると滑走路が4つもあるそうで、世界でも有数の規模であるそうだ。
周囲は干潟を埋め立てたそうで、荒涼とした砂漠のような干潟と海に囲まれた場所にぽつんと
空港がある。
ここからソウル市外までは、バスで50分ほどの距離だ。
しばらく、海や干潟が続き何もないので高速からの夜の車窓はひたすら真っ暗だ。
高速は片道4車線ありとても広い。

真夜中にホテルに向かうバスで到着したソウルは、一昔前の東京を思い出すような風景で、
セブンイレブン、ファミリーマート、ミニストップと町にはいたるところに
コンビニがあり、マクドナルド ケンタッキーが夜中まで開いていて
東京との変わらなさに驚く。

特質して驚かされたことは、飲食店の多さと夜中開いている飲食店の多さだ。
魚料理、飲み屋、スープ料理を食わせる店、鳥料理の店
日本では見たこともないような種類の韓国料理の店が、大通り沿いだけではなく
わき道にもびっしりとあって、煌々とネオンがついていて
夜中だというのに明るい。

さすがに東京でも、一部を除いてこれほど夜中に開いている飲食店はない。
東京でも、夜も眠らない町は六本木、渋谷、池袋と限られているのだが、
ここは全体が眠らないようだ。
治安が日本と同じで安全なことも大いに関係があるのだろうが。
その証拠に終電に近い地下鉄に乗ったのだが、東京と同じように混雑した車内に
若い女性客の姿も非常に多く見うけられた。

今まで行ったヨーロッパの都市だと、1つ大きな繁華街や町があって
それ以外には、同じような規模の繁華街がないことが普通だが、
ここは中心地のミョンドン以外にもそこかしこに
それなりの規模の町があり、あまりの都会ぶりに
俺は東京から来たのに驚かされた。

ホテルに入ると、驚いたのが安ホテルなのにきれいで
ダブルベッドにシングルベッドまである。
部屋には大画面のテレビにドライヤー
髭剃り後 ローションに香水のビンが並んでいる。
有料なのだろうが、ネットができるPCまである。

バスルームに入ると、広く大きな浴槽とシャワールームも完備されていた。
鏡の前には、大きな石鹸に ボトルのシャンプーリンス 
日本にもある新品の体をこするタオルまで置いてある。
日本人的には何一つとして不自由感がなく、なんともありがたい。

これらを見て、韓国はサービスが良くて、
日用品が日本に近い感覚やシステムの国であることを予感させた。

すでに夜中の1時だったのだが、小腹がすいたので晩飯を食べに行くことにする。
父親のリクエストで
ソルロンタンという、牛の骨や内臓で出汁をとった白いスープの美味い店をフロントで紹介してもらい、
タクシーで向かう。
ホテルから5分ほどで着いた店はファミレスのような店構えで、女性店員が1人で接客をしている。
席に座り親父とビールとソルロンタンを2つ注文する。

銀のアルミの器に入ったソルロンタンが運ばれてきて、机に置いてある大きなキムチを
店員が大きなハサミで切ってくれた。
ほかに大根のキムチのカクテキも置いてある。
追加でライスを頼むと小さいアルミの円形の器に入ったライスが運ばれてくる。
それらを中にぶち込んで食べるようだ。

親父は、女性店員に何事か片言の韓国語と、英語で話しかけたりコミュニケーションを取っている。
女性店員は笑いながら話している。
シャイな俺なら絶対にやらないことだ。
俺は横でまじめな顔をして黙っている。
親子でも全然、性格が全然違うものだなと感じる。

味は塩味でパイタンスープを少々こってりさせたような味で、とても食べやすい。
中には薄切りの牛肉が入っている。
キムチは、本場のキムチは辛いと聞いていたけど
拍子抜けをするほどに辛くなく食べやすい。 美味い。
ニンニクの風味がこれまた食欲をそそる。
これならいくらでも食えそうだ。

韓国は料理は味は美味いし、キムチも最高だ。
こんな美味いなら飽きることなく毎日でも食えそうだ。
この日までは、そう思った。
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by masa3406 | 2010-04-23 00:39

ツキ

結婚式の二次会の終盤にビンゴゲームが行われた。

今日の俺は、快調だった。
司会者が読み上げる番号にあたかも比例するかのように、
俺のカードに開始からどんどん穴が開いていった。

昔から、俺はこの手のゲームやギャンブルではツキがあるときがあった。
なんか今日はそのツキが来ている時の感覚があった。

多分、今日の俺はキている日だ。根拠はないがそれは確信へと変化をしていった。
動物の勘ってやつだ。

俺は、最初から座っていた席で司会者を背にするように番号だけ聞いていたので、
景品にどんなものがあるかは、この時までは見当がつかない。
ただ、漠然とだが今まで参加したビンゴの景品を勝手に頭の中で想像していた。
ビンゴも最初は、なんか始まったぞと参加しただけで
特別関心があったわけでもなかった。
気合いが入った人達は、司会者を半円に取り巻くように
スタンディングで参加していた。

しかし、次々に穴が開いていくのに効率が悪く、今一歩ビンゴには届かない。
リーチは既に2つだ。

そうこうしているうちに、2人ほどビンゴが出てしまった。
2人目はDSの本体だったようだ。
俺はちょうどゲームの本体が欲しかったので、うらやましー!とそれを横耳で聞いていた。
人垣ができていて、当たった主も男であるのか、女であるのかもわからなかった。

そして、俺にもようやく待ちに待ち焦がれたビンゴが訪れた。
やっと来たぜ。

さすがにビンゴォー!とは叫びはしなかったが、
俺は手を挙げ人垣をかき分けながら、意気揚々とステージに向かった。
その時点で、俺にはある期待感があった。

これだけ大人数の参加者がいる中で、俺はビンゴを3番目に引き当てたのだ。

3等賞だ

さっきはゲームの本体。
それなりの家電製品をゲットできるに違いないと!

高まる期待感を胸にステージにたどり着いた俺を
待ち受ける司会者と商品を渡す人が、

なんだー男か~とテンションが下がった声でマイクを通して言った。

なんだよ!そりゃ!男女差別かよ!
せっかく当たったのに形だけでも喜んでくれないし失礼な奴らだな。

と内心俺は思った。
なぜなら、去年就職前にイベントの的当てゲームの進行と
景品を渡すバイトをした時の俺とは、全然違う対応だったからだった。

景品を渡す人のここから選んでくださいという、一郡を見渡した。

ないのだ・・・。家電らしきものがサッパリない。
連想させる大箱モノからして見当たらない。

景品を渡す人が、これなんかどうです?と指差す小箱のそれは

なんと、火災報知機だった。

「・・・・・・・。」

俺の住む一人暮らしの狭い部屋で、
煙草を吸わない、家でろくに調理をしない俺に
これをいつどんな時に使えるのであろうか。

部屋の窓を閉め切り
サンマを七輪で焼いて煙をモクモクさせながら、それを鳴らし

たっ!大変だ! かっ!火事だーっ!とでも叫ぶのであろうか。。。

めでたい席。
顔には出さないが、さっきまでの期待のボルテージが急激に下がっていくのを感じた。

他はもうTシャツとお菓子のような袋しかなく、
招かれざる当選者である男の俺には、こんなものがあるとも説明もしてくれない。
早くしろといった視線が、司会者から向けられる。
俺はTシャツを仕方なく手に取り、踵を返して仲間のいる席に戻った。

席に戻ると、そのTシャツをいいなあと欲しがった先輩にすぐにあげた。

それから、そのままそのカードでビンゴに参加をしていると
次に当たった人は女性で、司会者のお勧めにより
ディズニーランドのペアチケットが当選していた。

まるでいらないけど、そんなものがあるとは説明してくれなかったなあ。。。。

それから、俺はリーチが4つ状態になって
またビンゴが来た。

さっきのがあって、またあなたですか。になるのも嫌だったし、
賞品も期待できないので、とっさにその権利を別の人にカードごと譲った。

いらないツキだった。
こんなツキなら、別の時に取って置きたかったものだ。

2次会が終わって
俺は、一部の仲間たちと流れて居酒屋で飲んだ。
久方ぶりに、こうして仲間と酒が飲めたのは非常に幸せだった。
また二次会でも沢山の人と話しができて楽しかった。

最後に帰りにさっきあげたTシャツを喜んでいる先輩の様子を見て、
これはこれで良かったのかな。と思った。
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by masa3406 | 2010-04-12 03:12

お金

車を運転していたら、エンジンルームあたりから異音がして車を停めた。
水温計 ラジエーター バッテリーランプがついている。
ボンネットを開けるとあるはずのファンベルトがなくなっている。
切れたのだろうか?
ハンドルも急にパワステが利かなくなり、ステアリングが重くなった。

そこで、仕事を終えて休んでいるであろう整備をしている友人に
すまないと思いながらも来て見てもらうことにした。
案の定、ビールを飲んでくつろいでいて自宅にある車は運転はできないとのこと。

それなら、友達の家まで運転して行こうかと提案するも
エンジンをかければ動くのだが、ベルトがないので冷却ができずに
そのまま運転するとオーバーヒートしてしまうとのことだった。

最初はファンベルトが切れたのかと思ったが、30分ほどしてチャリに乗った友人に来てもらうと
ベルトテンショナーが劣化でロックしてしまったらしく
交換しないとならないとのことだった。

やれやれ、また金がかかるのか・・・。
先月は車検を通したので、今回のこれで14万円ほどが車だけで吹っ飛んだことになる。
無職だった頃からしたら、かなりの大金である。
あの頃の俺なら、途方にくれていた金額だ。

俺の場合、車がないと夜のバイト先に行かれないから仕方がないのだが、
せっかく働いていても、こうして一気に金が消えていくのは、
とても空しいものがある。

俺はいったい、何のために働き 何のために生きているのだろうか?

こういうことがあると、考えてしまう。
せっかく一生懸命、働いてもこれかと。

とにかく、俺が要領が悪いのか生きているのに何かとお金がかかりすぎる。
来週は結婚式だし、なんだろう。
このめぐり合わせは。

金 金 金

また失った金を稼ぐために頑張ろう。
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by masa3406 | 2010-04-04 05:23

情報弱者

お店の子と話していて、どんな流れだったか忘れたけど
その子が前に詐欺にあった話になった。
その内容は、
よくある在宅ワークや、ネット詐偽の典型で職業は探偵業。
最初に研修という名目で、300万円もの大金を支払わされ
いざ研修が終わると、仕事がほとんど与えられずに
元を取れないばかりか、マイナスのパターン。

話を聞いていて、あまりの惨さに驚愕した。
300万円って、1年間余裕でニートができるじゃん。。。
新車も買えてしまうよ・・・

と同時にいまどき、そんなのに騙される人もいるんだなあ。
その子には悪いけど
あまりの情報弱者ぶりにも驚愕してしまった。
その子も、夜の仕事を上がりたくて焦っていたこともあり
藁をもつかみたい心境に付け込まれたのだそうだ。

そして、今も上がれずにこうして働いているらしい。
その子は、目鼻立ちもはっきりした美人なのだが、
あまりにもあっけらかんと軽く話すので、
こちらは、そのギャップに笑いそうになるのをこらえるのが大変だった。

世の中、その手の詐偽は数あれど
さすがに300万円の大金の研修費を要求される段階で、
おかしいと思わない人は、騙される側の人でも稀だと思う。

実際に本当の案件なのかどうかはわからないが、浮気調査の仕事が与えられてみて
車内でマンションの張り込みをしてみると、
果て度もなく続く長時間に及ぶ単調な張り込みで、
とてつもなく苦痛だったんだそうだ。
そりゃそうである。
車内でたまに寝たり、携帯でネットを見たりメールができるならまだしも、
いつ帰るかわからない主を集中して待ち続けるのは、楽なわけがない。
コンビニにだって行けやしない。
しかも、長時間の駐車を住民に通報されないように
目立たないように潜んでいないとならない。
聞いているだけでも苦痛である。
それなら、ほかのバイトでもしてたほうがマシである。

アホだなあ・・・。と思ったわけで、
またこういう疑うことを知らない人間を騙す悪人もいるわけで、
この世は、世知辛い世の中でもある。

俺もとやかく人の事を言えるようなマトモな人生を歩んでいないけど、
世の中、いろんな悲惨な人がいるものだと思った。
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by masa3406 | 2010-04-02 04:33

再会

以前、ジムに来ていた高校生から1年ぶりにメールが来た。
彼は高校を卒業して、今は大学生。
大学入学とともに引っ越した彼は、いつの間にかジムから
姿を消し、俺ともすっかり疎遠になっていた。
ジムにいた当時は、センスがいい彼をボクシングの出稽古に連れて行ったりして
かわいがっていたのだが、
若いし新生活のスタートで色々楽しいことや、
事情もあろうと俺は、彼がジムから去ったことを気にはしていなかった。
どこかで元気に大学生活を送ってくれていればいい。と思っていた。

メールには、黙って去ったことを詫びる文があり、彼なりに気にしていたようだ。

確かに同じように彼をかわいがっていたジムの人間には、
不義理だと怒っていた人間もいて、感じ方は人それぞれなようだ。

それから、入学してから有名なボクシングジムでボクシングをしていることもレスしてあり、
俺はそれが一番うれしかった。
彼は、基礎体力も運動神経もあり、キックにしてもボクシングにしても非常にセンスがよかったので、
やめてしまうのはもったいないと思っていたからだ。
また、理論的で技術を研究するクレバーさも持っていたので、
その点からも、学んだそれを無にしてしまうのはもったいないと思っていた。

出稽古先のボクシングの会長から、彼がボクシングをやりたがっていることを
小耳にはさんでいたので、もしかしたらどこかでやっているのではと
期待をしていた。

そんな彼を、ジム仲間の試合の応援に誘った。

1年ぶりに駅で再会した彼は、髪型もおしゃれになり顔は精悍になって大学生活を
満喫している様子が伺えた。
ボクシングをまじめに取り組んでいるそうで、顔も体も引き締まっていて、
すっかり女にモテそうな少年になっていた。
俺たちは、何事もなかったかのようにジムで接していたときそのままに
久しぶりの会話を楽しんだ。

ジムから正式にプロテスト受験の許可をもらったようで、それは大したものだと
俺はまた喜んだ。
なぜなら、彼のいるような大きなジムでは、生半可な実力では
プロテストを受験させてはもらえないからだ。
それと最初に、俺と通った出稽古のボクシングで学んだパンチやディフェンスの基本
こなしたスパーリングが、
今こうして点が線となって生きているのもうれしかった。

そのせいか、ボクシングジムに入会してから
すぐにスパーリングをさせてもらえたらしい。
これは、ボクシングでは異例のことで、
つまり、経験があるとみなされたということでもあった。

試合の帰りに、一緒に居酒屋に行った。
大学生活や始めた一人暮らしの生活 大学での交友関係に趣味のバイク
に将来の夢。
彼は、楽しそうに輝いた目で俺にそれらの話をした。
大学生活での戸惑いや悩みなんかも、俺も大学生の時に感じた悩みと似ていて
その体験を話したりアドバイスをしている自分に
あんな大学でも行っておいて無駄ではなかったのだな。と思った。

もし、俺が大学に大学生活や雰囲気を知らなかったら、
こうして体験を話すことはできなかっただろうし
彼の話す会話もピンと来ずに共感を示すこともできなかっただろうからだ。

卒業後に就職したい業界も具体的にかたまっているそうで、
俺が同い年の時とは精神年齢が全然違っていて
現実的で、とてもしっかりしていることに驚かされた。

そこで、大人と見込んで、俺みたいな失敗をしないように
就職のため大学生活の送り方
(体裁の整え方)の戦略的なアドバイスをしておいた。

彼が就職したい会社の社員が友人にいるので、
その人を紹介することと
プロテストに受かったら、お祝いをすることを約束して駅で別れた。

1日希望に満ちた若者と接して、なんだか親になったような気分だなあと
思ってしまった俺であった。
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by masa3406 | 2010-04-01 05:44