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無気力

ここ最近は、連日仕事が忙しく家に帰って寝るだけの生活。
加えて夏バテ気味にあり、疲れもありある種の無気力状態にある。
俺は体質的に湿度が非常に苦手なので、連日のこの高温多湿な気候に
ノックアウト状態だ。
外に出るとサウナのように蒸し暑く、汗が止めどなく流れ出て亜熱帯性気候のようだ。
また湿度のせいで汗が乾かずに不快なことこの上ない。

今年のこの蒸し暑さに酷暑は、ここ数年でも最もひどいのではなかろうか。
本来なら秋めいて来ないとおかしい時期なのに、夜も熱帯夜が続き
一向に気温が下がる気配もない。

とりわけ太陽が高い正午から、午後の2時3時の蒸し暑さや紫外線の暑さは拷問だ。
去年は7月に練習で追いこんだら、そこから1か月はだるくて
なかなか体調が回復しなかったほど夏が俺は苦手だ。

今年は7・8月になってから東京は夕方に全く雨が降らなくなったので
気温が全然下がらないし涼しくなってくれないのだ。
俺は、年々拷問のように蒸し暑くなるこの日本で
あと何年生き続けないとならないのだろうか。
日本は四季がはっきりしていて季節の移り変わりを味わえて良いとは言うが、
年々夏が長くなり蒸し暑くなる日本で生まれたことは、もはや貧乏くじを引いたようにすら思える。

今日は久々の休みだったのだが、実家に用があり出かけて
TSUTAYAでDVDを4本借りてきて一気に部屋で見ていたら
気が付いたらもうこの時間だ。

本当は彼女に会いにでも行くべきなのかもしれないが、
ここ最近、多忙だった俺には、何もかもが面倒くさくてその気力が湧いてこない。
したがって今日が休みのことは内緒なのである。

これが西野カナなら、恋人とは会いたくて 会いたくて震えたり
居ても立っても居られなくなる存在のようだが、
俺の場合は、外の蒸し暑さと疲労を前にしては全てが無効である。

この酷暑の時期の実家の犬など見ても、クーラーの効いた部屋でじっとして
無駄に体力を消耗することのないよう徹底して休息に充てている。
それは人間とて例外ではなく、せっかく仕事に行かなくていい日くらいは
ゆっくり休息に充てたいものである。

そんな冷めているところが俺のダメ人間たる所以なのかもしれないが

夏よ。
お願いだから早く終わっておくれ。
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by masa3406 | 2010-08-27 19:36

究極の焼肉屋

大学時代の友人から行かない?と誘われて
以前共に訪れた千葉の奥地の焼肉屋へと赴いた。

その焼肉屋は安くて量も多く質は格別と言うことがなく、黒毛和牛の前沢牛の専門店だ。
俺もまたあの肉を食べたいなとちょうど禁断症状が出ていた時で、
きっと奴も同じ状態なのだろう。と思った。

誘いを受けて、すぐに電話をして幸運なことにスムーズに予約を取ることができた。
ここは営業時間が17時30分から20時30分と非常に短いのが特徴でもある。
今は夏なので、比較的取れやすいが食欲が本格的に涌く秋・冬ともなれば
きっとこうはいかないであろう。

http://r.tabelog.com/chiba/A1205/A120502/12006170/
その店は「今久」といい千葉県の銚子市に至る国道沿いにあり干潟駅からも
離れていて少々辺鄙な場所にある。
東京からは車で結構距離もあるのだが、そうまでしても行く価値のある店だ。
俺は、焼肉が好きで美味いと言われる東京の焼肉屋を
それなりに訪れたが、ここほどの値段の安さ・量の多さ・肉質の良さの店は
経験したことがない。

某店で本当に美味そうに焼肉を食べていた焼肉好きで知られる寺門ジモン氏ももしかしたら、
ここは訪れていないかもしれない。
俺の中では、究極的な焼肉屋である。
美味い焼肉屋を紹介する某2大サイトにも載っていない穴場的なお店だ。

難点をあげるとすれば、サイドメニューのライス系がご飯しかなく
クッパやビビンバなどが置いていないことだが、
ここの肉は、何を頼んでも柔らかく、肉を噛めば噛むほどに甘みとコクに旨みが
口の中に広がり、ちょっとした幸福感を味わえる。
肉というものはここまで甘みがあり、噛めば噛むほどに
奥深い旨みが染み出てくるのだと思わせてくれる店でもある。
ここは正肉が中心だが、何を注文しても皆美味くて外れがないのがすごい所だ。

また、ここのハンバーグは口の中に入れると肉がとろけるように柔らかく
肉汁が広がりコクの塊だ。
誇張抜きにここほど美味いハンバーグを食べたことがない。
ややこってりしているが、ご飯と食べると最高だ。
俺は友達と2人で、1個をシェアして食べてちょうどいいくらいだ。

別に俺はこのお店の回し者ではなく、ささやかな感動のおすそ分けだ。
このブログを読んでいただいている皆さんで、焼肉が好きな方がいたら
ぜひともこの店を訪れて欲しいと思う。
また肉好きな人を喜ばせたかったら、ぜひここに連れて行ってあげて欲しいと思う。
遠いけど
味は保障します。

また 焼肉店なのにその上質の肉でのすき焼きやしゃぶしゃぶもあるのも珍しい所かもしれない。

その店で前回と変わらぬ味を満喫して、東京のいよいよ俺の家の近くに差し掛かったときに
友達が、これお土産!とダッシュボードに隠したビンの入った袋を手渡した。
袋の中を覗いた俺は、お おお と思わず声が出てしまった。

それは、品薄で非常に入手が困難とも言われている
桃屋の『辛そうで辛くない少し辛いラー油』だった。

最近、空前の食べるラー油ブームで類似品が多いが
これが今が旬?の食べるラー油の元祖品だ。
最近、東北旅行したときもいたる道の駅に類似品が売られていた。

友人はスーパーに就職しているわけだが、購入は1人様1個限定で
入荷するとすぐに完売してしまうのだという。
ただそこには、こんなからくりがあるのだということも教えてくれた。

友達は、今回俺のために入荷して棚に並ぶ前にこれを確保してくれたわけだが、
同じように自分用や友人や親族に頼まれたりした分を社員たちがあらかじめ確保をして、
その余った分が店頭に並ぶのだという。

であるからして、ただでさえ1回の入荷数が少ないのに
店頭に並ぶのはさらに少なくなる仕組みだ。

友達は、これがスーパーに勤める数少ない特権だよと
得意げに冗談めかしてにやりと笑った。

俺が以前、食べるラー油について話していたのを
友人は覚えていてくれたのだ。
そんな友人のタイムリーなお土産の心遣いに感謝をした。
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by masa3406 | 2010-08-18 00:57

トラウマ

更新が遅れました。
遅れたのは、女ができたからであるとか
まったくそういうことではなく、ただ仕事が忙しくて疲労困憊で
帰宅したらそのまま寝てしまう日々だったからだ。

付き合いについてだけど
さっそくこんなことを言ってしまっては何だけど
どうも俺には、彼女とか交際は向かないなあという思わせることが起きた。

ある日、ちょっとしたことから喧嘩?になった。
なんてことないことで彼女が怒り出した。
男同士だったら喧嘩にならないようなことだ。
原因がわからずに事態が飲み込めずに呆気にとらわれた俺は、
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたと思う。

それは、思ってもみなかったことからそうなったわけだが、
その中で俺はマイペース(悪い意味で)だとの指摘を受けてしまった。
また様々なことも言われもした。
俺は、それに対しての言いたいことを我慢をして納め、
怒りを静めんと言葉を選んだつもりだった。
だが、感情的になった彼女は収まりがつかないようで
俺を責め続けた。
その様は、今まで外側の関係であった俺には見せたことがない面だった。

俺という人間が、マイペースな点はまったくその通りなのだが、
親以外は他人にお互いに根本的な事を言わない
距離感の生活を送ってきた俺には、他人に性格の根本的な欠点を指摘され
ああ、これが内側の付き合いなのだなと
過去のトラウマが蘇り、付き合うとああまたこれかと疲労感を同時に覚えた。

女の人はなにぶんにして感情的だ。
気分の上下も男よりは激しい。
頻度に差こそあれ、付き合うということは同時にこういうことの連続なのだ。

簡単に言うなら、そういうことを面倒くせえな。と思ったわけで。
過去は放り出してきたことを思い出したわけで、
その俺の抱える根本的な問題をレスしたいと思う。

以前のブログにもどこかでレスしたであろうか。
俺は、母親とは非常に不仲で幼少から罵詈雑言を言われたり
口論が耐えない家庭で育った。
幼少時は、筆舌に託しがたいほどの言葉の暴力や暴力も受けた。
母親は、出来が悪く自分の期待通りに育たない俺を憎んでいたのだ。

身体が大きくなった小学生6年くらいからであろうか、
前は体力でかなわず怯えるだけだった俺が、いつしか反抗するようになった。
父親とも不仲だったのだが、そこには根本的な大きな違いがあった。
父親には俺への憎しみはなかったからだ。

相変わらず俺と母親は性格から趣向まですべてが合わずに、
なにかにつけて些細なことから口論へと発展した。
お互いがお互いを憎み、高校までの実家は、
修羅場と言っても過言ではなく怒鳴りあいが絶えなかった。
時に真夜中まで続き、今にして思うと、近所迷惑で恥ずかしかったと思う。
お互いの感情の赴くままに憎しみをぶつけ合い、怒鳴りあいお互いを否定しあって、
言いたいことを言い合った。
どう言い負かせようかとありったけの辛辣な言葉を浴びせることに執心して、
お互いに言葉を選ぶ思いやりなんて、これっぽっちもない家庭だった。
俺は高校3年の3学期にそんな実家を出て、遠い湘南の地に移り住んだ。

よく、お互いが思っていることの思いのたけや本音
感情をぶつけ合うことはいいことだと言うが、
俺は全てをさらけ出すのは、良くないことだと実家での体験を通して学んだ。
そこからは何も生まれないし、生まれるのは憎しみでしかなく
俺が体験してきたそれは、ただの言葉を使う動物の醜い姿でしかなかったからだ。

その影響で、他人と感情をぶつけ合う
争うことがほとほと嫌になった俺は、いつからだろうか
他人との感情のぶつけ合いを避けるようになった。
またキツイ言葉を言い合って育っただけに、反面教師でそうならないように
他人とは言葉を選んで接するようになった。
そうしてきたつもりだった。
俺も感情の起伏が激しかったり、他人に吹っかける激しいタイプではない。
だから、大人になってからは友達・交友関係において口論をしたり
争ったりすることはほとんどなかった。
また、そういう友達や環境を選んできた。

よく女の子が俺という人間を穏やかそうで、優しそうだと評することがあるが、
それは単に過去のトラウマの裏返しで、反面教師的な行動が起因したものである。
だから、この人は怒らないだろう。
感情をぶつけたり、言いたいことを言えそうと思われて、
実際にそうされると
実は、一番俺の触れてほしくないところに触れることになるのだ。
また感情を揺さぶらんとされることも大嫌いだ。

俺は、それに対して矛盾を突いたり辛辣な言葉を浴びせたりすることは
ずっと封印してきたがやろうと思えば容易い。
だってそういう環境で育ってきたから。

だがもし、そこで俺が怒りの感情をぶつけ合ったら
またうんざりだった過去の繰り返しになってしまう。
それは、俺が高校3年で飛び出した過去の逆戻りになるのだ。

いままで付き合ってきた彼女もそうだが、
女の人はひとたび喧嘩をすると感情的になり、
やり取りの中の何気ない言葉のひとつひとつのちょっとした所も逃さず、
言葉尻を捕えて詰問したり、納得がいく答えが出るまで徹底的に解明せんと
追い詰めて離さない開放しない怖さがある。
また感情にまかせて、責め続けたり言い過ぎるところがある。
俺がそうじゃない子と付き合ったことがないだけかもしれないけど。

感情的に追い詰めると表現したらいいだろうか。
男同士みたいに言葉を選んで、言いたいことの3・4だけ言ってスッと引いて納める文化がない。
俺は、本当は思いやりでそうして欲しい。
俺もそうしたい。

同時に俺は、他人の感情面の把握や感情を言いあらわしたり説明することが得意な人間でない。
だから、そういうやり取りが続くとたちまち疲労したり
ああ、こうなる関係は面倒くせえなと思ってしまうのだ。

まあ、俺が求めていることも都合よく身勝手だってことはわかっている。
ただ、俺は静かで穏やかな生活がしたいだけなのだ。

長々、支離滅裂な文章になっている気がするけど

やっぱ、互いに遠慮がある関係の
外側の人間で良かったんじゃないか俺は?
なんて後ろ向きな事を早くも思ってしまった。
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by masa3406 | 2010-08-15 04:11

彼女ができるということ

予期していなかった事態がいま俺に降りかかりつつある。

ここしばらくは、面倒だと逃げていた
いよいよ彼女なるものが、できるというか
そんな局面を迎えてみて、少々戸惑いを隠せないのが偽らざる今の心境だ。

女の子は店で知り合った子で、今は辞めている年下の子だ。
静かで落ち着きのある大人の雰囲気の子で、
よくコミュニケーションを取っていて仲良くはなっていたけど
まあ、いつもと同じであくまでも無難な距離を置いた関係だった。

互いに連絡先を交換していたのだけれども、その子は律儀なことに
店を辞めてから俺に連絡をしてきてくれた。
それまでは、何度か電話をしたら出なかったので
あくまでもお店の中での仲の良さだったのだな。と寂しくも思いながらも納得していた。

やや過去になりかけた最近、
唐突にかけてきてくれた電話で、
その子は俺に連絡を取らなかった理由を話した。
俺に迷惑がかからないようにと気遣ってくれたのだ。
そんな気遣いが、俺にはいまどき珍しい思いやりがあるいい子だなと思った。
押しつけがましくないし垣間見せる、俺への思いやりがとてもうれしかった。

その後、いろいろとやり取りがあり
具体的に俺を好きだとのやり取りもあったり、
好きあうもの同士特有のそんな雰囲気もあり、
来週は、その子が過ぎた俺の誕生日のプレゼントを買ってくれて
俺もその子の誕生日を祝うことになっている。

恋愛にはピンポイントのタイミングがあり、その時が付き合うか・あるいは付き合わないかの
結論を出す日になることは確実だ。

そんな事態に直面してみて、付き合うと仮定したら生じる不安要素がもたげてきた。
ブランクからくる、ライフスタイルの転換への恐怖心だ。

自由な時間が減ること
なにがしかの拘束や制約を伴うこと
付き合うことで起こる面倒さ
相手に合わせるということ

なんせここ最近はプライベートは、すべて自分の時間は己のためにだけ使い
己の好きなことのみを行い、己の好きな付き合いのみをして、
マイペースな生活をして、自分のためだけに過ごしてきたわけである。

つまり、自分がやりたくない事は一切しなくてもよかったわけで
言ってみれば、自由気ままでわがままな王様みたいなものだ。
俺が俺がでわがままな三昧の生活だったわけだ。
他人のために生きてなんかいなかったわけで、全てが自分の事情で自己完結していた。

自由な人生こそが至高であるが持論であった俺には、
実に矛盾したことだ。
それから、この世界の子と付き合うことにも持論への矛盾もある。

だが、これまでのようにここで逃げるのもどうかとも思うのだ。
俺は、自分が嫌なこと。面倒なことからことごとく逃げてきた。
女の子に対しても例外ではなく、こういった事態を迎えても
ここ何年かは色々な言い訳や理由を考え、
ときに理由を作り出して逃げてきた。
凄くいい子もいたのに逃げてしまったし、ある時は露骨に見ないようにもして来た。
相手は俺に向き合ってくれていたのに、俺は自分の殻に閉じこもりプライドを守り斜めを見ていた。
それはとても失礼なことで、
相手にも悲しい思いもさせてきたと思う。

結果として
恋愛から逃避してきたことで、人間的な忍耐力を得たり成長するチャンスを失ってきたのでは、
とも思うわけだ。
せっかく神様が与えてくれた出会いや、成長の機会を自ら放棄していたわけである。

最近、ネットで誰かがレスをしていてこれはと膝を打った例えがあるのだが、

人の精神や心は、幹のようなもので
これは仕事でもそうだけど
経験を積んだり忍耐を繰り返すことでどんどんその束が太くなっていくという。
逃げたり鍛錬の機会がない人間は、退化をして
怠惰な生活をしていくうちに落ちていく筋肉のように
みるみる、脆弱にその束が先細って行くという。

ちょうど今の俺がその細い枯れ木の状態だ。
やはり、身近な友人とも比べても逃避してきた分
他人のために生きていない自分本位に生きてきただけに
明らかに大人としての成長がないし幼いのだ。
付き合えば、お気楽ないいことばかりではない。
そこで起きうる様々な忍耐や起こる局面・やっかいごとがある。
ここ数年は、逃げることでそうしたものを乗り越えるチャンスもない俺は、
人間対人間の深いやり取りにおいて、心が弱くタフさがないのだ。

だから、今回はこれまでのように逃げないで
その子の気持ちを素直に受け止めようと思っている。
久しぶりに他人のためにも生きてみようと思う。

もちろん恋愛なんて先のことはわからない。
続くかなんてわかりゃしない。
愛想をつかれて去られることも当然、あるかもしれない。
困難に直面して、過去のように放り出さないとも断言はできない。
そんなもの全てを色々経験できるチャンスなのだ。

アントニオ猪木の 迷わず行けよ 行けばわかるさ の精神で、
前向きに進もうと思っている。

でも、俺は俺だ。
変わらないところは変わらないつもりだ。
そんな有様やなり行きや『変化』をこれまで同様に客観的な視点でも
見て行きたいとも思っている。
また、ときにブログでも語りたいと思う。
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by masa3406 | 2010-08-04 06:51

盛岡じゃじゃ麺を食す

週末に高校時代の野球部の友達2人と盛岡に小旅行に行ってきた。
行き先やプランは、すべて俺に丸投げをされていた。
行く先を盛岡にしたのは、単に涼しい場所に行きたかったのと
盛岡は東北のなかでも飯が美味い県だからだ。
また、平泉の中尊寺 三陸海岸あたりに行きたいなと思っていた。

本当は土日で旅館にゆっくりと宿泊する1泊2日で旅行に行きたかったのだが、
あいにく友達2人が仕事があり、
土曜日の夜8時出発となってしまった。
これが大きく旅行の予定を狂わされることになる。
途中稲光と大雨に見舞われながらも
車で東北道をひたすら北へ北へ走らせ、
ようやく盛岡の手前のサービスエリアに到着した時間は
夜中の2時半であった。

車の外に出ると湿度も低くひんやりしていて心地よい。
連日の東京の熱帯夜が嘘のような、うらやましい気候だ。
レストランも売店も閉まっていて、誰もいない自販機のコーナーで
寂しくコーヒールンバの電子音が鳴り響いていた。
その前に寄ったサービスエリアでも、同じ自販機があり
誰もいない中コーヒールンバが鳴り響いていたので、
俺の頭の中で、昔アラブのえらいーお坊さんがー♪と
歌詞つきに変換されたコーヒールンバがぐるぐると回ることになってしまった。

俺は盛岡市で、名物の盛岡冷麺と盛岡じゃじゃ麺を食べたいと思っていて、
今回行く前にそれをとても楽しみにしていたし
友達にもそれを伝えていて、友達らも楽しみにしているようだった。

とりあえず、俺たちはここでしばし車内で仮眠を取り朝の6時半に起きて、
再び盛岡市内に車を走らせた。
ICを降りゲートを通るとETCの土日割引で1500円と表示される。
3人で割り勘したらここまでたったの500円だ。
安い!凄い時代になったものだ。

そこからバイパスのような道を走って、昨日の豪雨で増水した
北上川を渡るとそこは盛岡の中心街になった。
思っていたよりも都会で、都市人口は別として
町は福島 郡山 秋田 山形市より大きな町で、
田舎 田舎していない。
町は地方都市の朝ということもあり、人はほとんど歩いていないし
店はどこも開いていない。
時折、仕事を終えた水商売風の女の子が歩いているだけだ。

そこで俺は致命的なことに気づく。
ガイドブックで店の開店時間を調べたわけだが、
盛岡冷麺の店がすべて開店が11時から
盛岡じゃじゃ麺の店が1軒だけ9時開店で、後は同じく11時からだという
ことに気づいた。
なんてこったい/(^o^)\
つめが甘かった・・・。
開店を待って11時まで盛岡市にいたら、どこにも行かれなくなる。
これは、俺たちが今回 盛岡冷麺を食べることが不可能になったことを意味していた。

仕方ないので、友達にその事実を告げて
盛岡城跡を散策したり町を散策して開店までの時間を潰した。
友達は冷麺を楽しみにしていたようで、ちょっとがっかりしている様子だ。
本当にすまんかった。

ようやく9時前になったので、駅前の地下街にあるじゃじゃ麺の店 小吃店へと向かう。
店は、テーブル席が4席ほどとカウンターのみのこじんまりとした店で、
40歳代くらいの男性の店主が、一人で切り盛りしているようだ。
地元風のお客も入ってきて。、地元の人も利用する店のようだ。

メニューは、中・大・特大とあり、
3人とも大の盛岡じゃじゃ麺を注文して待っていると
店主が麺 灰色っぽい色の味噌 刻んだきゅうりと生姜の乗った器を運んできた。

麺は、中華のジャージャー麺のようなラーメンの麺ではなく、
太くてうどんのような麺だ。
そこから店主の食べ方のレクチャーがなされたわけだが、
それがなんとも変わっていた。

テーブルの上には調味料の
お酢 ラー油 醤油 塩 ニンニクが置かれているのだが、
この中からお好みで3つを選んで微調整しながら混ぜ合わせて 
食べるのだそうだ。
それなら、スタンダードな味はいったいなんなんだ?という話だ。
そんな料理も珍しいものだ。

そして、〆に麺を少しだけ残した状態でチータンをくださいと80円の追加の注文すると
皿にスープや味噌を入れてくれて
テーブルの上の生卵と混ぜ合わせて、ちょうど雑炊のような感覚で食べるのだそうだ。

俺は、まずラー油 醤油 塩を選び、それらを微量にかけて混ぜてとりあえず食してみた。
ほかの店の味噌は知らないが、いわゆるジャージャー麺の味噌と違って
この灰色をした味噌は酸味があり全く甘くない。
正直それでアクセントがないぼやけた味に感じた。
麺はもさっとしていて、強いコシもなくシコシコしておらずふやけたような食感だ。
だから、調味料を足して味にアクセントをつけろということなのだろう。

これは決して悪口をレスしているわけではないのだが、
ううむ・・・調味料をかけても、まだなんか物足りなく感じる。
味はっきりして来ないのだ。

そこで俺は、次の味を探るべく酢を振りかけてみたが
やや酸っぱくなっただけで、どうにもしっくり来ない。

これはうめえ!とはならない。
それから、ラー油をもう少し振りかけてみたり
醤油を足してみたりとどれが合う味 適正の味なのかと
味を探すべく悪戦苦闘をしながら食べたが、
最後までわからずじまいだった。
店主の説明でも正解はなくて、それを各々が何度も食べて
微調整を繰り返して探り当てるのが結論らしかった。

最初から、調味料で調整するのが前提の料理。
これは非常に珍しいのではないだろうか。

友達も食後の感想は、人が美味いものを食べたときの反応とは違う
評価に苦しむような微妙な表情をしていて、
とりあえず、盛岡で名物のじゃじゃ麺なるものを食べれたから良しとしよう。
という結論に落ち着いた。
3人ともまずくはないが、美味いものではなかったのである。

ちなみに
俺好みにするなら、麺はモチモチとしたコシの強い平麺 味噌は甘い味噌
生卵 そうアレンジすれば関東人が好きな味になるだろうと思った。

それから、俺たちは盛岡市を後にして太平洋側に抜けて海沿いを走り、
宮古→製鉄の町 釜石を抜け
途中に立ち寄ったスーパーで買った珍味 マンボウの刺身を駐車場で醤油をぶっかけて
3人で食べたり、三陸の新鮮な海鮮丼を食べ
気仙沼・石巻・松島を抜けて最後は仙台の牛タンの利久で牛タンを食べ、途中で温泉に浸かり
運転を代わる代わるしながら東京へと帰路に着いた。
到着したのが24時と本当に忙しい旅であった。

あれ?どこにも寄れていない

俺が行きたかった 藤原氏の中尊寺 小岩井農場 八幡平 と時間の余裕がなく
どこにも行かれなかったのだ。

友達は疲れたけどとても楽しかった。とは言ってくれたけれども
発案者としては40点の旅行だった気がして、反省点だけが残った。

今度は、秋に4人でゆっくり宿泊して旅に行こうという企画があるので、
その時は予定を詰めて計画しようと思っている。


 
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by masa3406 | 2010-08-04 05:34