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また刑事課から

今日、キックボクシングの試合に行こうと夕方目覚めて
携帯を確認すると見慣れない着信履歴が入っていた。

留守電が入っていたので、再生するとそれはなんと都内の警察署の刑事課の刑事で
○○さんについて聞きたいことがあるので、
連絡をください。との内容だった。
名前は女性の名前で、今までに聞いたこともない名前だった。

俺は、ブログでもレスしたけども
今年別の都内の警察署の刑事課から留守電が入っていたこともあり、
なんでまた刑事課!と思った。
いっておくが俺は基本的に交通違反以外では、警察とは無縁な単なる小市民である。
それがなんで年に2回も!
なぜ俺の携帯番号を知っているの???

その件は、事件の目撃をしていないかの問い合わせだったわけだが、
(それでもなぜ俺にかかってきたのかは謎だった)
今回は女性の名前。
こと女性ともなると、彼女以外はバイト先の子と話すこと以外は、
日常生活ではろくな接点もなくまったく身に覚えもなく想像すらつかない。

気持ちが悪いので、すぐにその履歴の警察署に電話をすると刑事課のどなたさんかと
聞かれるが、留守電に入っていた名前を確認することもなくかけたので名前はわからない。
とりあえず、刑事課につないでくれたが、そこでも同様にかけた刑事の名前を聞かれる。
当然だが、刑事課の中でも役割分担があってそれ以外の刑事は知らない案件のようだ。

そして、程なくして俺にかけたらしい刑事さんに代わった。

留守電に身に覚えのない女性について聞かれたいと
入っていたのですが、いったいなんでしょうか?その人は誰なんですか?とむしろ俺のほうが聞くと
最初は話がかみ合わない。

1つ1つ話していくと、どうやら店に前にいた子が行方不明になっていて、
2週間ほど前から親から捜索願が出ていて、携帯にも連絡がつかないとの事。
それで、その子の携帯に入っている人に問い合わせているのだという。

それを聞いて納得した。
俺が名前を知らなかったのは、お店の源氏名しか知らなかったからだ。

だが、その子とは仲良くはしてはいたが
最後にメールをしたのはもう数ヶ月も前。
それからは一切メールもしてはいないし、捜索願は2週間前。

なぜにいま頃になって俺なんだろうか???

疑問も残る。

ただの捜索人の行方不明で刑事課なのは変だ・・・。
たかが2週間で、携帯の履歴なんかも調べないだろう。

水商売の世界は、素性も知れない人間も多く海千山千の人間もいる。
刑事さんは、単なる捜索願でと言ったけれども
もしかしたら、単なる行方不明ではなく
その子が何かをやらかしたのか、やらかして巻き込まれたのか。
最悪、下手をすると死んでいるのか 逃走したか・・・。

事件性がある問題なのではないか。とふと思った。

まあ、俺は彼女のことは友人でもないし何も知らない。
顔見知り以上、知り合い未満。
それ以上は知ることはできないし、知る由もないわけだが。。。

接点があった人間としては無事を祈るのみである。
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by masa3406 | 2010-09-21 03:29

見舞い

友達のお見舞いに房総の安房鴨川に出かけた。
さすがに休みの日まで車の運転をしたくはなかったので、
のんびりと電車に乗って行くことにした。
車中では携帯でネットを見てすごし、特に旅情気分を味わうこともなかった。
これも現代人の悲しい性だ。

単線が続くローカル電車を降りると目的地の安房鴨川駅はこじんまりとした田舎の駅だった。
駅前には潰れた土産物屋があり、商店も少なく活気がなく寂れている。
そこからバスに乗り換えて10分弱くらい乗った海岸沿いの
鴨川シーワールドを過ぎたあたりに
リゾートホテルのような大きな建物の病院があった。
友達は歩くのが不自由だということなので、俺は病院に入る前に
目の前の海岸を1人ぶらぶらと散歩をした。
そこで、だいたいこんな感じのテンションで友達に話しかけようとイメージを作った。

カラフルな建物の近代的で非常に大きな病院で、入り口にはコーヒーショップに
コンビニも併設され、上のほうの階にはレストラン街まで併設されているらしかった。
入り口で友人の名前を告げると、病室の番号をメモをして渡してくれた。

エレベーターに乗り病室に向かい、病室に入るとカーテンで仕切られた4人部屋の中央に
ベットの上に腰をかけた友人と見舞いに来たらしい女性が1人いた。
なんだい、2人で話せないのか。
ちょっと俺はがっかりした。

友人は俺を見ると、おお!とにっこり笑ったのだが、
俺は、頬がこけて目がぎょろぎょろして、すっかり痩せてしまった友人の外見に内心驚きを隠し切れなかった。
目の白目は黄色く、
肝硬変の合併症なのだろうか、足は鬱血しているのか素足の甲が膨れていて、
太ももには数箇所大きな痣があった。

俺は以前のように話しかけたのだが、友人は以前のような会話口調ではなく
時に返事をするまで時間がかかることもあり、
年老いてややぼけたおじいさんと会話をしているような違和感があった。
お見舞いの女性は、どうも以前友人が話していた彼女(浮気相手)らしかった。

隣にはボケてしまった老人いるらしく、ガサゴソと音を立てて挙動不審で落ち着かない。
友人は、下でも行こうと言って3人で一緒に1階に下りることになった。
友人は自力では歩けないようで、ベットからゆっくり降りて
下に4輪の台車がついた杖につかまりながら、老人のようにゆっくりゆっくりと
廊下を歩いた。
友人はがっちりした体格だったのだが、
おぼつかない足取りで歩く友人の薄くなった肩を見て、
人は短期間でこんなにまで痩せてしまうのか。
ここまで病人になると風貌がいっぺんしてしまうのかと、
変わり果てた友人の姿に大いなる衝撃を受けた。
それは最後癌で死んだ飼っていた犬の末期のような痩せ方だったからだ。

それから、下の談話室のような所に座って友人に
コンビニで買った飲み物を飲みながら、ここに来たいきさつ。今の調子やリハビリの状況を聞いてみた。
友人は自宅で急に体に力が入らなくなり、ここに運ばれたそうで
記憶が曖昧なのか明快な答えは返ってこなかった。
現在の友人の体では抵抗力がないので手術はできないらしく、
それで投薬治療中なのだそうだ。
食べ物も、塩分があるものは腹水が溜まるらしく、
飲み物や食べ物も相当制限をされているとのことだった。

しばらく話しているとそれから程なくして、友人の妹と従兄弟だという女性が訪れて加わり、
5人で会話をすることになった。
その人たちはお互いが友人関係なのに対して、俺は友人以外は初対面だったこともあり
俺は、たまに会話に加わる以外はしばらく会話のやり取りを眺めていた。

友人の妹は太っているので、友人がそれをネタに何度もからかっていて
またそれにギャグで返す妹さんとのそのやり取りが、
さながら同級生を身体的な特徴でからかう小学生の様でもあり
2人の仲の良さが見て取れて見ていて微笑ましかった。

最初は、突然黙り込んだり、時に問いかけにかみ合わない友人の話っぷりが不安だったわけだが、
ここでの成立している会話のやり取りを見て安心をした。
また、こうやって故郷の暖かい心配してくれる人たちに囲まれている友人には、
東京よりも、のんびりしている故郷での入院生活が合っているように思えた。

肝心の奥さんとは上手くいっていないらしく、友人がメールをしても
返事すら来ないらしく、もう離婚かもね。などと2人で話しているのを見て、
友人の退院後の生活が心配になった。
この友人の状態で、メールの返事すら寄こさないなんてよほどの事態だ。
友人が今まで散々好き勝手に病気を省みずに酒を飲み
浮気をしてきたわけだが、最後にこの一番つらい状況で
しっぺ返しを食らったのかもしれない。
復讐なのかはわからないけど、あまりの残酷さに俺はまた1つ女の怖さを知った。

ひとしきりしてから、俺は妹さんに友人がここに来た最初の状況を質問すると
最初は友人は、なんと余命1ヶ月と医者から宣告されていたらしく、
妹さんたちも覚悟をしていたのだという。
そして、そこから投薬された薬が劇的に効いて奇跡的に回復をして今があるらしかった。
医師に60までは生きられないけど寿命が伸びたと言われたらしい。
それを聞いて、俺はゾッとした。
もしかしたら、俺は友人と二度と会えないかもしれなかったのだ。

俺にとっては、今現在の友人の状況は衝撃的なわけだが、
これでも入院当初よりは、日に日に回復をしているらしく、
入院直後からの『変化』を知る彼女らには十分好転しているのだそうだ。

友人は最初は、ほとんど会話をすることもできずに笑うことすらなかったそうだ。
肝硬変の合併症で、体内で生成されたアンモニアが体内に巡ってしまうらしく
それが脳に行き、それが原因で以前のようにうまく会話ができないのだそうだ。

大まかなことでわかった事。聞けたことはこの程度で、
結局俺は、癌が再発しているとか何か重大な病気を抱えているのではないかや、
今後友人が以前のように歩き
以前のようにはきはきと会話をできるようになるのかについては、
死ぬかもしれなかったのにここまで回復できて良かったと喜ぶ親族を目の前にして、
当然だが、聞くことはできなかった。

わかっていることは、しばらくしてから退院して実家で過ごし、
それから東京の病院に転院するらしいことだけだ。

それから程なくして妹さんは親戚の女性と帰っていった。
俺は、帰りに美味い魚を食べようと思っていることを話すと
友人の彼女が車で来ているので、友人が知っている店を2・3提案してくれて
じゃあ、俺を連れて行ってあげろよ。と彼女に言って
車で連れて行ってくれることになり、友人とはまた来ることを約束して
2人で病院を後にした。

それから、車ですし屋に連れて行ってもらった。
車中で俺は、入院当初や友人の病気について、
溜まり溜まっていた疑問を矢継ぎ早に質問をしたわけだが、
彼女も今回お見舞いに来たのは2回目で、病気の具体的な詳しいことは聞かされてはいないようで、
有力な情報は聞き出すことはできなかった。
ただ、最初のお見舞いでは
妹さんからの、兄がもう命いくばくもないのでということで駆けつけたそうで、
やはりこの人はもう死ぬんだな。と思ったほど深刻な病状だったのだそうだ。
そんな、状況を目の当たりにした人間には
やっぱり今の状態はずいぶん良くなった状況に見えるんだそうだ。

すし屋に到着して、駅から遠いので俺が食べ終わるまで車で待っていると言う
友人の彼女にそれは悪いからどうぞ。とご馳走をした。
ここでは、ずっと彼女とレスしているけど
実際今は付き合っているのかどうかについてはわからない。
2人の過去と今の関係については、俺は一切質問はしなかった。
会計でも、ご馳走すると言っているのに
ポーズではなく、本当に財布からお金を出そうとしてきて律儀な人柄のようだ。

それから、ご馳走した俺へのお礼なのだろう。
俺が以前から気になっていた館山の無人島の観光案内を進んでしてくれた。

最後に駅まで送ってくれたときに俺は、友達のことをよろしくお願いします。と言って
別れた。

もしもう付き合っていないのなら、それは勝手なお願いかもしれないけど
この故郷にいるときくらい友人の支えになってなってもらえれば。
と思ったから出た言葉だった。

今度は友人に友人が実家で療養をするときに訪ねる約束をしたので、
またこの地に来ようと思っている。
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by masa3406 | 2010-09-21 02:39

再びお見舞い

友達から、夕方仕事中に電話がかかってきた。
前回かかってきたのは7月の中旬で、自宅から花火大会が見れるので
来ないかとのお誘いだったのだが、
ちょうど仲間の試合があったので行かれなかったのだ。
それからは、俺も忙しくて連絡を取れずにいた。

この友達は以前レスをした酒の飲みすぎで肝臓癌になった友達で、
その後、なんとか手術で癌を取り除くことができて、
その他にも身体にあちこち調子が悪いところがあり
何度か入院したものの
無事に退院してそれからは通常通り仕事をしていた。

たまに連絡を取り合っていたのだが、病気以前のように
海外出張も多い仕事に浮気に飲み食いと精力的に活動をしているようだったし
すっかり元気になったものと思っていた。

量を減らしたとは本人は言うのだけれど
酒をやめていないような様子が気にはなっていた。
俺も何度もそれについては、注意をしていたのだが
友達の性格からして多分、懲りずに頻繁に飲んでいるのだろうなと懸念はしていた。
こいつの場合は、破滅型の性格で言っても聞かないので、どうしようもないのだ。

1ヶ月半ぶりの電話だったわけだが
声がか細くて妙に元気がない。
この前元気な声で花火大会に誘っていたのが、別人のようだ。

いったいどうしたのかと聞いてみると、全身がだるくて
あちこちが痛くて身体に力が入らずに入院をしているのだという。
病院の場所を聞くと故郷の房総の病院らしい。

原因はまだわからないらしく、話すのも非常にだるそうだ。
詳しい病状はあまり話したくはなさそうな雰囲気で、それ以上は聞けなかった。

奥さんはそこにいるのかと聞くと実家に帰ってそこから会社に通っているのだという。
なぜ持ち家があるのに実家に帰っているのかが気になったが、
これもそれ以上は聞けなかった。

そもそも東京に住む友達が、なぜ故郷の病院に入院をしているのかも気になった。
また以前の入院時のようにやせてしまったらしいが、とりあえず食欲はあるようで安心する。

重病だといけないし、一度顔を見に行こうと週末にお見舞いに行くことを約束して電話を切った。
というわけで、週末は房総にお見舞いに行くことになった。

前回は本を買っていったわけだが、
今度はお見舞いになにを持っていくべきだろうか思案中である。
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by masa3406 | 2010-09-08 05:06

オタクの皮をかぶった肉食系女子

夜のバイト先に肩くらいまであるストレートの黒髪の新人の子が入ってきた。
意識をしているのかはわからないが、感じはどこか中川翔子に似ているように見える。
いろいろと会話をしてみると、どうやらその子はいわゆる
オタクの子のようで、基本的に1人でいることが好きで、家でネットゲームをしたり
ニコニコ動画を見たり、ネットをするのが好きなのだそうだ。
またコスプレも好きで、他にもオタ趣味があるらしく
ぱっと見には、この世界の子にしては地味で純粋そうな子とも見えなくもなかった。

俺は、格闘技とスポーツを見ること以外は特にオタクというわけではないが、
家で1人でネットなんかをするのは大変好きでもあり、
その部分では、それを聞いてどことなく親近感を覚えていた。
そして、俺と同じように1人が好きな草食系の子なのかなと
あろうことか錯覚をしていた。
とは言っても男と女だから、やや親近感を覚えた程度ではあるが。

今日は、ちょっと長く会話をする時間があり恋愛観の話題になったわけだが、
そこで近しいどころか、俺とはまったく別の肉食系の女子であることを知ることとなった。

まずその子は、付き合うなら絶対にイケ面であることが絶対条件なのだそうで、
イケ面のためなら尽くせるし、イケ面であれば貧乏でもいいのだそうだ。
もともとビジュアル系のバンドが好きだったらしく、美形好きなのであろう。

これが世に言うところの*ただしイケ面に限る。ということなのだろう。
世の中には、特に若い子にこういうこだわりのある子は、少なからずいるものだ。

以前の店で仲良くしていた子がまったく同じで、
付き合う男は美形じゃないと受けつけない。
という主張をその子が俺に常日頃からしていて、散々聞かされていたので
ああ この子も若い子にいがちな面食いの子なんだなと思った。

でも、イケ面はもてるから浮気をするんじゃないの?とちょっと意地悪な質問をしてみると
浮気されたら、自分もするので全く構わないのだとこともなげに答える。
とりあえず病気をもらって来ないでね。という感覚らしい。

また、話はそこで終わらずに ただしイケ面に限らないのもありなのだという。

それは、ただお金持ちであればいいのだそうだ。
それも不細工だったり太っていたりすると、男は自分の容姿に自信がない分、経験上
自分のために貢いだり尽くして頑張ってくれるのだという。
だから、金持ちのイケ面よりは金持ちの不細工のほうが好都合なのだそうだ。

そのために、日ごろ出会う人が
お金を持っているかどうか。腕時計や持ち物などを観察しているらしい。

俺は話を聞きながら、なんだか頭の中で
一般人の持ちうるであろう価値観としての整理ができずに混乱をしてきた。
どれもこれもが願望で、それらには整合性がないのだ。
また、いずれもそこに愛はあるのかい?とも感じた。
その子は将来、お金持ちと結婚をして楽をするのが願望なのだという。

以前の店で仲が良かった、物凄い面食いの子は自分の意思や考えに忠実で、
はっきり 性格もサッパリしていて、その自分の価値観の美意識に忠実なところなんかも
人間的にも好感を持てたものだが、

この子の話は聞いていても
非常にあざとく聞こえて、その割り切り感といいあまりいい印象を受けなかった。
仕事上では無害で接しやすいからそれでいいけど、
人間として見たら計算高くて、嫌な奴と話している感覚すら覚えた。

そこから、その子の自分を好きにさせる恋愛の駆け引きの話が延々と続いて
俺は得意げに話すその子の話を聞いていたら、なんだか疲れてしまった。
それは、他人を自分のいいようにいかにコントロールするかの手段の話だった。

根本的に他人には何も求めずに
自分の気持ちに正直に、気の向くままにでたとこ勝負の俺のライフスタイルとは
全く異なった世界の話だ。

人間はまるで相容れない価値観の話をずっと聞き続けることは、ストレスを感じるものらしい。

この子は20歳前半にして、オタクどころか、
人にもまれて普通の子よりもとんでもなく経験豊富なえらくスレた子なのだ。
典型的な職業病で、下心がある人間が数多く寄ってきて
そこで色恋を数々経験してきて、きっといろんな感覚が麻痺してしまったのであろう。

その子も認めていたが、オタクの皮をかぶった打算的な肉食系の女だったのだ。
彼女はそれを自覚していて、オタクで純粋な子を演じたり、うまく使い分けているのだそうだ。
俺もその印象操作にまんまと引っかかってしまっていたわけで、
己のまだまだ人を見る目の甘さを恥じた。

オタクどころか単なるリア充じゃん。と突っ込むと
ぜんぜんリア充じゃないよ!と否定はしていたが。

つくづく最初の印象は当てにはならず、人は見かけによらないものだと思わせる出来事だった。
安易に先入観を持ってはいけないのだ。

個人的には、俺は1本すじが通った自分の好き嫌いに忠実に生きるサッパリした人間が好きで、
まだ、イケ面じゃないと無理だと言う子の方が、人間的に正直で好きである。
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by masa3406 | 2010-09-05 05:23

東京マラソン

8月で締め切りの東京マラソンに駆け込みでエントリーしてみた。

そうなる心境にいたった理由として、
野球部時代の友達にマラソン愛好家の奴がいること。

去年、フジテレビの平井アナウンサーが参加にいたるまでの
練習や過程 当日のドキュメントをフジのスポルトで見たこと。

先日の24時間テレビのはるな愛のちんたら歩いている走りを見て
そのハードルの低いレベルに触発をされ、
ひょっとしたら、あんな連中でもやれるのなら
しっかり調整さえすれば俺でもそこそこはやれるんじゃないの?
と安易に思ったからだった。

中学2年途中までは勧誘されて入った陸上部だったし、小学生から人よりは速いほうだったし、
ひどいことにはならないのではないか。と思ったのだ。

高校のマラソン大会の時は、野球部に在籍していて
学年で好成績をあげたらOBに飯を奢るとの約束に釣られた単純な俺は、
すっかりやる気になってしまった。

その前の年は、俺は最初はやる気がなく
最後尾の集団とちんたらしゃべりながらジョギングをしていたのだが、
突然やる気になって裏切って最後尾から追い上げたけれども
ときすでに遅し。
24位までしか追い上げることができなかった中途半端な経験があった。

本気を出した俺はどれくらいまでいけるのだろうか?
と素朴な疑問もあった。
だが、餅は餅屋。
学校では都大会でも通用している陸上部が強く
また強豪のサッカー部の連中も速く
それを割って上位に入るのは、大変厳しいという現実的な問題があった。
そこで俺は、現実的かつ具体的な目標を10位以内に入賞に設定した。
あわよくば6・7位に入りたいという青写真を描いていた。

普段は野球部の練習で走ってはいたけど、それだけでは専門的に鍛えている奴らには到底及ばないので
今回は調整をしっかりとしてから参加しようと
当時住んでいた町の河川敷のコンクリートの歩道を毎晩走った。
陸上部時代は、ハードに追い込む練習ばかりで
心臓が苦しくて苦しくて走ることが苦痛でたまらなかった。
合宿もクロスカントリーも日頃のインターバルの練習も
ただただしんどかった記憶しかなかった。

陸上の中長距離は、レースは苦しく最後にいい成績でゴールしたときしか爽快感が得られなくて、
一番根暗なスポーツなんじゃないか。と思ったものだ。
ゲーム中も楽しみが得られる野球に中2から鞍替えした理由もそれだった。
だが、今回のこの調整はなぜか楽しかった。

そうして、当日を迎えたわけだが、この調整方法がレース後半でで思わぬ弊害をもたらすことになる。

会場は寒風吹きすさぶ、木々も枯れた荒涼とした東京都下の河川敷のコンクリの歩道だ。
前回と違って、これに懸けている俺は気合が入っていて口数が少なく
緊張もしていた。

そしてレースが開始された。
今回はスタートからちゃんと走り、順調に先頭第二集団のやや後ろをキープした。

先頭集団は、陸上部とサッカー部で構成され、そのペースは速くさすがに奴らは別格だった。
あれに挑むのは無理だ。
ついて行ったら途中で体力ゲージを使い尽くしてしまうのは明白だった。

俺の前はだいたい10人が走っていて、俺もそれを把握していて
なんとか食らいついていった。
途中でそのままのピッチのままで抜きたいのだが、さすがはこのあたりにいるのは
日頃も運動部で鍛えている連中。
誰も脱落するものはなくアキレスと亀状態で一向に差が縮まらない。
ここでペースを上げたら、スタミナが切れて最後のスパートが効かない。
だから、そのつかず離れず状態で、最後のためにスタミナを温存していく
作戦に出た。
最後のゴール付近でスパートをかけてギリギリで入賞する作戦だ。

しかし途中から、俺は突然脛に違和感を感じるようになる。
心臓的には大丈夫なのだが、足の脛辺りの骨が走るにつれて猛烈に痛くなってきたのだ。

走りながら、なんで俺はこんな場所が痛いんだろうか?と思い返してみた。
思い当たることは、毎晩行っていた調整だった。
俺は、普通のスポーツシューズでコンクリートを毎晩毎晩走り続けていたので、
脛にダイレクトに衝撃が伝わり、知らないうちにその疲労が脛に蓄積していたのだった。

しかし、あの目の前の背中を抜きさえすれば俺は目標の10位以内入賞だ。
あいつは、俺の仲良くしていたバレー部の奴の友達の
動物園のサイみたいな顔をした隣のクラスの奴だ。
太っているくせに意外にしぶとい野郎だぜ。
奴を抜いて記念品もゲットだ。
痛いと思いながらも根性でそのペースをキープし続けた。

そして最後のゴール手前30メートルくらいになった。
勝負をかけるのは、今まさにこのタイミングだった。
そう思ってピッチを上げたのだが、痛みで腿が思うように上がらずスピードが大して上がらない。
足がぜんぜん思うように動いてくれない。
正直、心臓との戦いだけだと思っていたのでこの要素は大誤算だった。

次第に10位の奴の背中が離れていく。
そうしているうちに後ろからピッチを上げた激しい息遣いが聞こえてきた。

そいつは、野球部のチームメイトで普段なら負けたことがない奴だったのだが、
まさか俺は最後にそいつに抜かれて、最終的に入賞どころか12位になってしまったのだった。
結果的に、俺とそいつはOBにご馳走をしてもらえたわけだが
その結果を帰りの武蔵野線の車中で
高校生ながらにして、俺の人生ってこれからもこんなもんなのかもしれないな。
と思ったのだった。

東京マラソンは
競争率は32、000人に対して272、134人だから、9倍弱だ。
正直、かなり厳しいけど
もし当選することができたら、また昔のように無心で走ってみたいと思う。
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by masa3406 | 2010-09-02 15:18