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気楽に

友達4人で飲みに行ったのだが、3日前になって幹事の奴が急に来れないとメールが来た。
理由が、ニュースで東北の被災地の現状を見ていたら飲みに行くのはやめて
その金で募金をしようと思ったのだそうだ。
自分にもなにかできないかと思ってさ。とあった。

そいつは、就職していて実家住みだし5000円くらいの金を捻出するのに
貯金だってあるだろうに、なんだか水を差されたような気分になった。
そうレスされてしまうと、俺たちが集まって飲むことがまるで不謹慎なことのように
思えなくもない。
どうせ断るなら、表向きに仕事が忙しいから行けなくなったでいいじゃないか。と思った。
そういうことは、個人個人がひっそりやることで言わなくていいことに思えたのだ。

せっかくみんな無事で良かったと楽しく飲もうと思っていたのに
そりゃあないぜといった気分だった。

俺は一応カトリックなので、教会を通じて募金をさせていただいた。
東北は、自分とは無縁ではない土地なので
なにかできる事で、協力できないかと考えている。

地震後の俺は余震も続く中、原発関連のニュースを見たりしてどこか落ち着かぬ日々を過ごした。
原発のニュースでは、人間が作ったものを人間がコントロールできなくなり翻弄され、
必死に焼け石に水とも思えるような、場当たり的な対応に追われている様子が流れていた。

今回の地震で、人間はたまたま生きているだけなんだなと確信をした。
亡くなられた方は、いた場所や運が悪かったわけで何かが悪かったわけでもない。
善でも悪でもなく、ただ単についていなかっただけだ。
生き残った人は、たまたまついていただけなのだ。

前にレスしたが、俺は2人の死産の後にこの世に生まれたわけだが、
俺が生まれたのも単なる偶然だ。

人間は、生きていることに意味や生き方に体裁やプライドを求めるが、
宇宙レベルで見たら、人間も虫と同じで単なる連鎖の中の1つなのだろう。
自然の中の1つであって、地球氷河期に絶滅してしまった恐竜のように
気象の激変や大自然のいたずらで消滅してしまうようなちぽけな存在なのだ。
大津波に飲み込まれて消えてしまった人や町のように。

そう考えると、いろんなことが小さなことに思えてきた。
どうせ死んでしまうのだ。
今回みたいな理不尽な死に方すら普通にありえるわけだ。
せいぜい、気楽に生きていこうと思う。
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by masa3406 | 2011-03-29 04:03

消滅

ニュースで刻々と、東北地方の地震被害状況の映像が流れているが、
目立って被害が甚大なのは津波による被害だ。

俺は、以前にもレスをしたが東北に2年間だけ住んでいたことがあって、
中には知らなくはない土地が複数含まれていただけに
そのことは、なおさら衝撃的な出来事でもあった。

かつて、この目で見て実際に降り立ち、リアルに歩いた場所や街が、
戦争後の焼け野原か、何もなかったかのように
ほとんど面影もなくもなく姿を変えていたからだ。
遺構しかない場所もあり、さながら遺跡のようでもある。
これがどうして信じられようか?

親友とフカヒレを食べに行った、山を下った所にある
牧歌的なフカヒレの日本一の漁港である港町の気仙沼市

当時付き合いがあった奴が住んでいる、ドライブでは何度も何度も通った
運河に橋がかかる中規模都市の石巻市

海が見える景勝道路のコバルトラインの起点の女川
また、牡鹿半島南端の金華山行きのフェリーの出る
クジラやウニ ホタテの美味い鮎川。

帰りに石巻から松島に向かう途中の町の当り前の景色。
当時、友達とさんざんドライブをした思い出の景色や町が、
根こそぎ津波にさらわれてほぼ消滅してしまったようだ。

俺が友達とフカヒレの姿煮を食べた、気仙沼の漁港の中華レストランが入った建物が
まさに濁流に飲み込まれていく様子もテレビで流れていたし、
町が阿鼻叫喚の焼け野原の死体の山になった写真も目にした。

去年、岩手を3人で旅行した時に帰りに食べる店を探した
新日鉄があることで有名な、昭和のレトロ感のある雰囲気の釜石の町が
津波に呑みこまれていく動画も見たし、
何度か乗った仙石線の線路や沿線の町も流れてしまったし、
大船渡の町も・・・。

実際にあったものが、この世から消滅してしまったのだ。
とても現実ではない世界の事のようでもあり、何もかもが信じがたい事である。

今はただ被災地の皆さんのご冥福と無事と
一日も早い復旧を願うばかりだ。
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by masa3406 | 2011-03-13 04:37

災害時に大切なこと

昨日は俺はたまたま代休を取っていて、美容院に行く予定と夜から友達3人で飲み会があったので
自宅にいたわけだが、
夜更かしのせいで起きたらうっかり予定の起床時刻を寝過していることに気づいた。

そのままスウェットで寝床で携帯でサイトを見ながら、
美容院に行くためにそろそろ準備をしないとなあと家で思ってた矢先に
地震が起きた。

最初の揺れでは、よくある地震くらいにしか思わずに悠長に構えていたのだが
次第に揺れが大きくなり、これはちょっと普通の地震じゃないなと恐怖を感じた俺は、
ドアを開けて様子を見ようと外を覗いた。
俺は住宅街に住んでいるのだが、
外では、前の建物や電柱 電線が揺れて各々が共鳴して今まで聞いたことがない轟音が
鳴り響いていた。
平日の夕方前ということもあり人気がないのか、誰1人として家から飛び出すものもなく
誰の声も聞こえず、ぐわんぐわんに電柱が揺れ
音だけが鳴り響き俺1人だけが表に出て驚いていた。
かといって、俺もリアクションに乏しい人間なので声を出すわけでもなく
ドキドキしただけであったのだが。

以前住んでいたマンションなら、あちこちからドアを開き
住民がお互いに驚いた顔を見合わせ、語り合い共感しあったところだが、
俺には、その光景がゴーストタウンのポルターガイストのようなとても不気味な光景に見えた。

これは、外も安全じゃないと俺は恐怖して部屋に戻った。
この地震が直下型であったなら、俺は家が倒壊して怪我をするか死んでいたことだろう。
それくらいの未だかつて経験したことがないほどの揺れかたであった。

部屋に戻ると、寝ていた布団の横に積み上げていた雑誌の山が崩れて散乱していた。
もし寝ていたら、これが寝ている頭上に落ちてきていたわけでラッキーだった。

それから、地震の情報を見るためにテレビをつけた。
先ほどまで覗いていたサイトは、瞬く間に地震のスレッドが乱立して
誰もが不安や味わった恐怖を書き込んでいた。

それからも余震が続いたのだが、俺はそのまま家でテレビやネットでひたすら情報を拾うことに専念した。
千葉では、石油のコンビナートがゴジラに上陸された後のように爆発炎上していた。
またガソリン価格が高騰しそうだ。
これでは美容院に行くどころではない。
俺も、知りえる助けになるような情報を幾度も書き込んだ。
都心は、パニック状態であろう。
電車は全て止まり、交通機関は麻痺しているようだ。
ただ、震源地の東北地方は被害が甚大なものの東京は一部だけのようだ。
そうしている間にも、余震は続きあちこちで救急車や消防車のサイレンが聞こえた。

考えてみれば、その日の俺はラッキーだった。

1つ目は、滅多に休みを取らない俺がたまたま休みを取っていたこと。
2つ目は、本当は飲み会の待ち合わせの前に
もつ焼き屋に行ったり代官山の美容院に行くために早く外出をする予定だったけど、
たまたま寝過して家にいたこと。

もし、仕事や美容院に出かけていたら電車が止まって途方にくれ
何十キロもの道のりを徒歩での帰宅を余儀なくされていたに違いない。

揺れが落ち着いた頃に、ガスの解除ボタンを押して
身一つでどこにでも行けるようにシャワーを浴びて服に着替えた。
それから、腹が減ったことに気づき飯を食べようと薄暗くなった表に外出をすると
駅の出入り口にロープを張って人が入れないようにしていた。

電車が使えない。しかし、災害時に車で動くなは鉄則である。
たちまち渋滞に巻き込まれて身動きが取れなくなってしまうからだ。
自転車を持たない俺は、
これで飲み会に行く手段は完全に断たれた。

外食店は調理に火を使うので、やっていないのかと思いきや
どこも通常通り営業しているようで、俺はラーメン屋でラーメンを食べた。
それからコンビニに寄ると買い出しの人でレジが混んでいる。

店から出ると、大勢の人がさながら難民の民族大移動のように幹線道路の歩道を
下り方向に向って歩いていた。
電車が動かないので、会社や外出先から帰宅する人達なのだろう。
こんな日に限って強い北風の吹く寒い中をヘルメットを被った人もいて、
都心方面から、デモ行進のように延々と列が連なっている。
徒歩の人の列が流れているのに対して、
下り方向の車の列は、ほとんど動けない状態の渋滞が果てしなく続いていた。
俺が、都心に車で出かけたら帰りはこの列に続くことになるのだ。
ちなみに翌朝、6時も車は全く同じ状況だった。

外を歩いていると飲み会の参加者の友達から、今夜の飲み会の待ち合わせをどうしようかという
呑気なメールが2人から来た。
1人は都心で働いていて、もう1人は郊外の実家で働いている。
遅れて合流する予定のメールを送ってきていないの後の1人は、情報収集型の奴で
中止と思っていたのだろう。

都心で交通手段もないし、今から都心なんかに出かけたら帰りが大変なことになるだろうに
こいつら何を考えてるんだ?と驚かされた。

俺の中では、そいつらも飲み会どころじゃないから中止の方向で認識していると思っていたからだ。

俺は、テレビやネットで情報や状況を事細かに得ていたのに対して、
この2人は現在の状況が、まるでわかっていないのだろう。
災害時は情報力がモノを言う世界だ。
会社にあるPCやネットも見れる携帯はなんのために持っているんだい。
アナログ過ぎやしないだろうか。

電話をしても、当然電話はつながるはずもなくメールで返信した。
後で翌日電話で話をして知ったのだが、そのメールが混雑で翌朝に届いていたらしく
伝えることはできなかったのだが、

なんと1人は自転車で飲み会の店に出かけ、状況を知って引き返し、

もう1人は、会社で頼まれて飲み会までにちょっと送って帰ってくるよと
あろうことか車で同僚を池袋まで送るも
大渋滞に巻き込まれて4時間かけて茗荷谷で降りてもらい、
22時に会社に戻ってきて、自転車を借りて帰宅したのだそうだ。

メールを送って来なかったもう1人だけ、当然飲み会は中止と解釈をして
そのまま会社で過ごして、地下鉄が動き始めた夜中に帰宅したのだそうだ。

電話がつながらない。
メールもすぐに届かない状況では、大切なのは情報力・適切な判断力なのだなと
つくづく思わされた出来事であった。
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by masa3406 | 2011-03-13 03:21