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少年期

ジムの高校生と帰りに飯を食べに行った。
時間は16時と早かったので、軽く飯を食って帰るつもりだったのだが、
今日は彼は俺に色々と話を聞いて欲しいことがあり、
また家に早く帰りたくないのだそうで、
それならと長居ができる店ということでチェーンの居酒屋に行った。
何を隠そう、俺が生ビールを引っかけてつまみで一杯をやりたかったのもあるのだが。

俺は、高校時代は時々友達と飲みに行っていたものだが、
彼は普段はカラオケに行くくらいで、いまどきの高校生にしては
格闘技1本で遊ばない子のようだ。
こちらも、ソフトドリンクしか飲ませないが。

彼は、ちょうど今が父親への反抗期らしく親との関係がしっくりきていない話や両親の話。
高校のクラスの交友関係の話。クラスの不良で合わない人間がいる話とか、
日常生活の話題や悩みを堰を切ったように話し始めた。
家に早く帰りたくない理由は、親との関係にあるのだという。
彼は一人っ子であり、少年から青年になりかける第一歩のこの時期に
自我が芽生えてきたのであろう。

俺も、中高で彼どころではなく親と不仲だった時期があるのだが、
確か塾の先生や家庭教師の先生にその話や学校の話をしていたことを思い出した。
今となっては、不思議なのだが少年期は誰しも身近な大人に
自己開示をして自分の話を聞いてもらいたいと思うようだ。
それはストレスも多い思春期のガス抜きの1つにはなっていた気がする。

彼にとっては、その身近な大人が俺なのであろう。
最近は日常でストレスが溜まっていて
今日、こうして俺と話すことがいい気分転換やリラックスできるのだと
あらためて言われ、俺がそれほどのものかなとやや照れる。

基本的に俺は、少年達の言うことを否定をせずに
1人の大人の意見として認めてあげて聞くので、
その押し付けがましくもないスタンスがいいようだ。

最初は、クラスに馴染めない悩みを話していたのだけど、
入学して2ヶ月ほどが経ち,
だんだん話し相手や友達ができて来たのだそうだ。
その話をしている時の彼の表情は、楽しそうだ。
楽しい高校生活になって、生涯の友達を得て欲しいものだと思っていたので
安心する。

それからは、格闘技談義や今の彼の取り組んでいる技術や練習の話になったのだが、
俺にとってもとても有意義で心地良い時間だった。
彼の表情もとても素直で生き生きとしていた。

最近、自殺をしてしまう中高生のニュースを時々見て悲しい気持ちになるが、
身近な大人が悩みや話を聞いてあげていれば、少しは自己肯定感も芽生えるし
多少は救いになったり変わるのではないかと思う。
月並みな意見かもしれないけど、身近な大人が
悩める子供達に手を差し伸べてあげるような社会になって欲しいと思う。
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by masa3406 | 2011-05-30 00:48

親友との約束

以前にもブログで書いた、肝臓癌を患い肝硬変の末期の友達に2月だかに
彼の自宅に泊まりに行って以来電話をしてみた。

俺もそのあとは仕事で忙しかったり、地震なんかで浮足立っていたこともあり
言い訳にはなるが、元気そうだからと連絡を怠っていたのだ。
泊まりに行った時は、元気そうで元シェフだった腕を奮い、
俺のためにさすがはプロの腕だとうならせるほどの
フレンチの牛スジ肉の煮込みを作ってくれていた。

その日は、出された美味しい酒を飲み彼の家で夜更けまで色々と話したが、
食欲もありとても饒舌に会話をして元気そうだった。
夜中に一緒にラーメンを食べにも行ったけど、彼は唐揚げとともに元気そうに完食していたし
普通の健康な人となんら変わりはなく見えた。
以前、健康な時に遊びに行った時ともまったく変わらない彼だった。

数か月ぶりの電話越しの友人の声は、その時とは違ってどこか落ちている時の声だ。
声にも力強さがなく弱弱しく聞こえる。
さりげなく体調や近況を聞いてみたわけだが、
ここ最近は体調が再び芳しくないそうで、彼は自営なのだが
家でPCで仕事をする以外の時間は、ほとんど寝床にいるのだそうだ。
日常的にとにかく眠たいのだそうで、食欲も無く医者から処方されている栄養剤が入った
ドリンク以外は何も食べる気も起らないという。

彼は、とても美食家で酒のつまみの類を食べることが
何よりも大好きな人間だったのに、これは異常事態だ。
らしくない。

そんな生活を日々自宅で送りながらも、
俺はダメ人間なんじゃないかと時おり鬱な気分にも襲われるらしく、
今まで考えたこともなかったけど、うつ病の人の気持ちがわかるような気がするのだと言う。

外食にも全く行かないどころか、今は電車に乗って外出することすら億劫だとまで言う。

そうした話をしながら

俺、たぶんもう長くない気がするんだよね。
自分の体だからなんとなくわかるし。
最近、やたらと昔の夢を見るようになったんだ。

と友人はぽつりと言った。

その話を聞きながらも、長くない発言はもしかしたら
さっき話していた最近の鬱な気分が
気弱にして言わせているのではないかとも思う自分もいた。

俺は、肝臓がんや度々できる静脈瘤や胆石で入院をして退院をしたこと以外は、
具体的に今の彼の体がどのような状態なのかが分からないので、
何がどのように悪いのかがわからないでいた。
どこか具体的に吐き気がするとか、どこが痛いとか症状を話すわけでもないので、
彼の話からはつかみ辛いのだ。

悪くなってしまった肝臓以外は、
ある程度体調は治って回復状況にあるのか、
あるいは、何か致命的な病におかされていて、もはや手の施しようがなくて自宅にいるのか
つかめずにいた。
さすがに本人には、その核心部分は本人から話す以外は聞くわけにはいくまい。
彼も、その本質的な部分を話したくないことは、雰囲気でわかっているだけになおさらだ。

最近は寝床が一番居心地が良くて、そこで寝ている状態が一番良いのだそうだ。

これも、そのような話し方なので寝ていないとならないほどに調子が悪いのか、
眠いから寝ているのかがどうにもつかみ辛い。

だけど、そんな状態だと説明しているそばから、彼が大変贔屓にしてしている
家から1時間以上もかけて通っていたモツ焼き屋だけは、
以前と同じような調子で
一緒に行きたいと何度もさっきまでとは、打って変って矛盾するようなことを言い出す友人。
あれ?食欲がないんじゃなかったの?・・。

話はそれだけにとどまらず、その後で一緒に行った魚の美味い居酒屋も
はしごをしたいとまで言い、近いうちにと念まで押す始末だ。

その時は、以前と変わりはない声だし
ますます、どこまでが元気でどこがどう調子が悪いのかが、俺にはつかみきれずにいた。
2月に泊まりに行った時は、元気そのもので仕事の話も楽しそうにしていただけに、
途中から俺は、電話越しの彼をその時の元気な彼のイメージに
電話をかける前から再び戻して会話をしていたのだ。

それからは、彼の奥さんが仕事を辞めて独立するのでそれを心配している話とか、
昔の浮気相手の女の思い出話。
以前、一緒に遊んだ時の話なんかを懐かしそうに彼は話し続けた。

その時は、気にならなかったのだが、
普通友人との会話は、『これから』や近況などの『今』に関する話題が多いものだが、
彼の口にする話題は、『過去の楽しかった思い出話』が多くを占めた。

その流れで、
以前、友人は千葉の自分の田舎に一緒に行こうと俺を頻繁に誘っていてくれて
一緒に行く約束をしていた事を思い出して、
それなら近いうちに行かないか?という話になった。

もしかしたら、これが本当に彼と作れる最後の思い出になるかもしれないし
これから彼になにかあった時に ああ一緒に行っておけばなと後で後悔をしたくなかったからだった。
話をしていたら、途中からは以前と全く変わりはない彼の口調に戻ったし
もしやと思って誘ってみたのだ。

これには、友人は大層に乗り気で来月早々にでも行こうと
具体的に行く場所なども挙げながらも快諾してくれた。

これなら、彼の自宅を訪れて話くらいは普通にできそうだなと思い
じゃあ、週末に顔を出すよ。ちょっと顔だけ見に行くだけで長居はしないからさ。と言うと
2月はぜひ泊まりに来てくれよ。と即答した彼が、急に歯切れ悪くなってそれが引っかかった。

その事について今日、実家に寄った時に友人と話した状況を説明して親父に聞いてみたら
それは相当に悪いね。
人間は体力が低下してくると、気力も低下してくるんだよ。
そんな時は、周りの人間は心配をして会いたがるものだけど、
本人にしてみたら会いたくなくてそっとしておいて欲しいものなんだよな。
逆に迷惑なものなんだよ。
と教えてくれた。

だから、俺が会いたがると急に歯切れが悪くなったのだろうし、
やはり、なんらかの病気が進行していて悪化をしているのかもしれない。

友人とは、じゃあ故郷に行くまでにゆっくり休んで体調を整えておいてくれ。
ぜひ行こうな。と最後に言って電話を切った。

もしかしたら、友人の最初の言葉が本当であるならば
なんらかの病気が進行して、体調が悪くて出かけたりすることはもう無理なのかもしれない。
もう長くないかもしれない。と言った友達の言葉は
鬱な気分から出た言葉ではなくて、本当なのかもしれない。

よく考えたら、電車に乗って外出をすることすら辛いのだから、
いくら車とは言え遠出なんかできるはずがないのだ。

それだけに、彼の故郷に一緒に思いで作りに行くことは、もしかしたらもう無理なのかもしれない。
だけど、仮に、出かけられなくても病人は楽しい話をすると元気になるものだと
どこか聞いた。

だから、そんな楽しい約束ができたことは良かったと思っている。
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by masa3406 | 2011-05-21 22:05

気おくれ

今日子供が生まれたそうで、友達からメールが来た。
立会いをしたそうで、あまりにもグロく気持ちが悪くて
顔しか見れなかったのだそうだ。
あんなのを見れる奴はいないとレスしてあったあたりからして、
予想以上に気持ちが悪かったみたいで、
後悔している様子がありありと文面からは伺えた。
そんなものは、見るまでもなく伝聞でわかりそうなものだが・・・。
痛そうなのや血や臭いが苦手な俺なら、その場にいるだけでも
吐いてしまいそうだ。

他にも今度子供が生まれる人が2人いるので、今月は出産祝いで出費が増えそうな状況だ。

別の友達から、今週に留年する前のもともといた学年の高校の同級生が8人くらい集まって飲むとのことで
誘いのメールが来たのだが
そのメンツの一覧を見ると、野球部で一緒だったり同じクラスでよく話した数人以外は、
真面目で勉強もできる在校時も接点がなかった人間ばかり。
これはどうしたものか。としばし俺は携帯を片手に夕暮れ時の渋谷で考えてしまった。

中には非常に話したい奴が3人ほど含まれていたわけだが、それ以上にその他の参加者との
在学時代の俺とのあまりの接点の無さが気になった。
また彼らは勉強が出来た優等生たち。
小学校から一緒だったと言え、在校時ですらろくに接点もなくノリも違い遊んだ経験すらない奴ら。
いまさら会ったところで、話すことがあるのだろうか?
懐かしむような話題すらあるのだろうか
と気後れすらした。
よく話をしていた3・4人がいる反面、その他は中高で会話をした記憶すらないのだ。
そいつらからしたら、在学時の俺を眉をひそめて白い目で見ていたとしてもなんら思議はない。
その集まりは、明らかに毛色の違うコミュニティーなのではないかと。
例えるなら血統書つきの犬の群れに1匹だけ雑種の犬がいるようなものだ。

この間のブログでレスした人達以上に、ここ何年も俺が接している人間や人種
見てきた世界について頭の中で整理をしてみても、
どこをどう取っても、俺は無縁な世界で生きている気がするのだ。

学生時代以上に、環境も世界も違って共通の話題の接点すらない可能性が大きい。
だが、もう二度と会わないかもしれない奴らに
小学生からの俺を知っている人達と会うことに
若干の好奇心があることも否定できない自分がいた。
同じ学校で同じ時代を過ごしたことも事実で、懐かしさはなくはない。

そこで、俺はその学年の親しい友達らにお前だったらこのメンツで参加をするか
電話とメールで質問を投げかけてみたのだが、
皆は満場一致で即決で不参加とのことだった。
ある友達は呆れて苦笑いをするわ
彼らには共通して、俺にはあった迷いが微塵もなかった事が印象的だった。
在学時から別世界の人間と見ていて、興味すらない人間たちみたいだ。

そのうちの1人なんかに至っては、よくそのメンツの中で呼んだな。
逆になんでそんな奴らと飲まないとならないんだよ。
優等生グループに不良をぶち込むようなもので、馬鹿じゃないのかと
と呼んでくれた友達を空気が読めない奴で呆れた。と憤ってくれていたほどだった。
誘ってくれたことはうれしくもあり、別に俺は、そういうつもりはなかったのだが。

友達らですらそうなんだから、やはり俺はかなり場違いなんだなと
客観的な言葉を聞いたような気がして、
無難な理由で仕事で無理そうだとの辞退のメールを返信しておいた。

だが、若干後ろ髪を引かれる様な思いもあり、
うーん つまらない意地を張らないで裸になって
とりあえず参加してもよかったのではないかな。
さすがに卒業以来だから、皆は懐かしがってはくれそうだし
そうした機会を捨ててしまったような気がしなくもない。
と若干の後悔はなくもないのも事実だ。
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by masa3406 | 2011-05-21 20:49

しずちゃんのボクシングオリンピック挑戦について

テレビのニュースで、お笑い芸人の南海キャンディーズのしずちゃんが、
女子ボクシングでオリンピックを目指すニュースをやっていて
シャドーとミット打ちを放送していたのだが、
正直な感想、よくこれで目指せるな・・・と思った。

俺の目に映ったのは、悪いがセンスのない練習生レベルだった。
ハンドスピードも致命的に無くもっさりした押すパンチだ。
ジャブのダブルに至っては、1・2と打っている。
ストレートの時に後ろ足も使えていない。
悲しいかな、この世界はシャドーやミットだけで、その人のセンスやレベルや日頃の練習は、
如実に表れてしまうものだ。
本当に数年も真剣にボクシングの練習していたのかと疑いを持つレベルだ。

同じ芸能人でも、北野武のボクシングを題材にした映画のキッズリターンの安藤政信とは
ボクシングセンス、身体能力ともに雲泥の差だ。

いくら階級が女子の人口が極端に少ないミドル級とは言え、ちょっとこれはないんじゃないだろうか・・・。
それでいいのか?アマチュア女子ボクシング

俺は、キックのジム仲間に女子のプロもいるし女子の試合を何回か観戦していたので、
キックとボクシングの違いこそあれども
少なくともグローブをはめて試合をする女子選手のレベルはわかるし、ある程度は見慣れているつもりだ。
女子のプロだけの興行も何回か応援に足を運んだこともあった。

現実、女子のプロボクシングの選手はキックからの転向した成功者が少なからずいる。
たかが女子と言うなかれ、パワーや瞬発力こそは男子に劣るかもしれないが
技術的な水準やセンスは男子と遜色もないほどの選手も度々見られるものだ。

しずちゃんのそれは、その俺が普段見慣れたキックの女子のプロの選手の打つパンチの水準とは
数段に次元が違って低かったのだ。
いくらアマボクとプロボクシングとは、ルールの違いから来る打ち方が違うとは言っても、
基本は同じはずだ。
そして、オリンピックを目指すレベルなら、パンチが本職のボクサーなら
キックのプロの水準の上を行っていないとならないはずだ。
アマチュアボクシングは、プロボクとは違って試合の勝敗を決めるのは
ダメージではなくポイント競技が故に、手数を重視する。
つまりは、パンチのハンドスピードと瞬発力が必要不可欠な要素であり、
それが彼女にはもっとも足りない要素だ。

ミドル級の女子人口が極端に少ない背景に加え、
芸能人に挑戦をさせて話題を作りたい
宣伝の思惑もあるのだろうが、国の代表を名乗って挑戦をさせるからには、
やはり最低限の水準や資質を持つ選手に挑戦をさせるべきなんじゃないだろうか?
と疑問を持った次第だ。
見世物ではないのだから・
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by masa3406 | 2011-05-15 07:09

かつての同級生

ジム仲間の後援をしてもらうために、家で高校の先輩である有力者の事でネットを検索していたら
まったくの偶然にも俺が留年をした学年の同窓会の掲示板がヒットした。

そこに書かれているハンドルネームは、どいつもこいつも高校時代のあだ名や名前と同じ。
昔のまんまだ。
留年してからは、高校時代と浪人時代かなりの時間を一緒に過ごした連中だ。
休み時間野球やサッカーをして遊んだり、家に遊びに行ったり、草野球をしたり
付き合いのあった奴らの名前が続々と出てくる出てくる。
学校帰りは、よく一緒にラーメン屋に食いに行ったしゲーセンもよく行ったものだ。
広尾の都立図書館に、女子高生をナンパしに行った奴の名前もあった。
一緒に引越しやチラシ配りのバイトをした奴の名前もある。
卒業式の後でみんなで一緒に飲んでカラオケにも行ったことも思い出す。
馬鹿みたいに生ビールを飲んで、店から外に出てすぐに俺は電信柱にゲーゲー吐いたんだっけ。
懐かしい思い出が、次から次へと思い出されていく。

その頃の俺は、進学校で落ちこぼれていて勉強がからっきし。
留年してからも、とりあえずなんとか卒業できればいいや。くらいに思って
授業もろくに聞かずに試験はいつも一夜漬けと、予習復習もせずに
勉強に関しては怠惰な高校生活を送っていたのだが、
そんな俺を○○さんは、馬鹿じゃないから大学に行ったほうがいいから
ちゃんと勉強しなよ。
と真剣にアドバイスをしてくれた奴の名前もあった。

俺は地方の大学入学から、彼らとの付き合いが途絶えていたけど、みんなは会っていたんだなと
懐かしさとともに、ちょっと蚊帳の外的な複雑な気持ちももたげてくる。
俺は所詮は留年して上から降りてきた外様でもあるので、時がたてば自然にそうなるのは
致し方ないことだ。

他にも地元グループと仲良くしていたけど、
思えば、当時は彼らとかなりの時間を一緒に過ごしたものだ。

別の地元が近いグループとは継続的に会っているので、卒業後は付き合いが変わったと
言えるのかもしれない。
俺は下町育ちの人間なので、下町のノリなんだろう。
考えてみたら、上の学年も仲良しの友達は下町の人間だ。

掲示板には、各々の近況が所々にレスされていて、結婚した奴 子供ができた奴
海外赴任をしている奴 頻繁に海外に出張する仕事に就いている奴
歯科医を開業をしているもの とそれぞれ順調な人生を
送って多方面で活躍をしているようだ。
定期的に飲み会や同窓会にゴルフコンペまで行っているようで、
時を経て大人の付き合いに姿を変えて親交を暖めている様子がレスからは伺えた。

進学校の私立だった事もあり、皆はそれなりに良い大学に行って、
卒業をしてそれなりの会社に就職をしてと正攻法の人生を送ってきている奴らばかりだ。
親も、俺がそうなるようにとその学校に入れたんだろうが、
出来が悪くて予定通りとはいかなかったのだ。

マイペースな自分は、基本的に他人の人生を気にするタイプの人間ではないけれど、
住む世界や環境に付き合う人種を含めて、同じ教室にいた同じ高校生だったのに、
ずいぶんと違ってしまったもんだなあ。
と自分のこれまでの整合性のない継ぎ接ぎだらけの人生を振り返って思った。
自分の不甲斐無さが身に染みる。
きっとカミさんや彼女も似たような環境で育った女性なのだろう。
付き合う知り合う女性も随分と違ってしまったものだ。

コンタクトを取れば、皆が懐かしがって受け入れてくれるのは間違いないだろうが、
なんかいまさら感もあるし、これまで通り今の友達や付き合いの中で生きていくことにした。

ただ、彼らの書き込みを見て己の人生を自分なりに、
誰にも恥じることがないように真剣に頑張らないといけないな。と思った。
駄目なら駄目なりに全うしよう。と
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by masa3406 | 2011-05-01 04:09