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凋落したK-1

仲間とK-1MAX63キロトーナメントを観戦してきた。
今年はK-1の運営会社がファイトマネーが未払いになるほどの資金難に陥り、
開催が危ぶまれていたわけだが、ようやくこの日開催に漕ぎ着けたわけだ。

去年までとは大きく違うところは、テレビ局(TBS)が離れてしまい、地上波のテレビ中継がなくなり、
メインスポンサーも離れてしまったことだ。
ヘビーに至っては開催の話すら聞こえてこない。

そのために、運営費が大幅に減少し限界収容人数がたったの3000人ちょっとの
代々木第二体育館に会場の縮小を余儀なくされていた。
これは、ボクシングやキックボクシングの聖地である
後楽園ホールの2000人と大差はなく、K-1がメジャー興業から
限りなくハウス興業に縮小したことを意味する。

俺たちは、今まで開催していた会場である代々木体育館の横の通路を通り抜け
奥の奥にある代々木第二体育館の中に入場した。
中に入ると、あらためてこじんまりとした会場であることに気づく。
連れが、俺、前にここで試合をしたよ。と言った。

まだ本戦前ということもあるにせよ、今日は土曜日なのに、会場の半分も入っていない。
予算の縮小は、宣伝広告費の縮小にもつながり
告知が足りなかったせいもあるだろう。

リング周りを見ると、リング上の天井から吊るされるスピーカーも数も少なく小さくなり、
予算を大幅に削っていることが、そんなところからも伺える。
また、K-1の代名詞であった複数ある試合の映像を写すビジョンの巨大スクリーンが、
小さなスクリーンたった1枚に減っていた。
これでは普通のキックの団体の興業だ。

客席に設置しているライブカメラの数も2つほどしか見当たらず、
K-1の会場には必ずあったクレーンのカメラもリング上のカメラもない。
リング周りのハンディカメラも1台しか見当たらない。
メジャーなプロレス団体以下の規模だ。

俺はPRIDEがフジテレビが離れたことで、資金不足から規模を大幅に縮小したときの
埼玉スーパーアリーナの興業を観戦した過去があるが、
今日の縮小感はその時の比ではない。

本当にK-1は金がないんだなあ・・・・。
これが、かつての華やかだったあの キックボクサーが憧れた
晴れ舞台であるK-1の舞台なのだろうか。
俺たちは、オープニング試合に目を向ける前に
かつては一世を風靡し、ひと時代を築いたK-1の凋落した現実に思わず目を見張った。

以前なら本戦に入る直前で流れたテーマ曲も流れず、K-1の象徴の特殊効果装置
略して特効と呼ばれるドカーン!と爆発するキャノン砲もいまやない。

本戦が始まっても試合の演出に欠かせない煽りVもなく、選手は入場曲とともに普通に入場するだけだ。
去年までなら、実況席に置き物のように座っていた佐々木希もいないことだろう。
佐々木希はおろか、芸能人を呼ぶ予算もないに違いない。

チープだ。華やかさがなく地味だ。

観客もこの日は結局、この狭いキャパにもかかわらず6割強程度しか入らなかった。
(なぜかK-1のオフィシャルサイトでは満員札止めとあるが、そんな嘘も寒々しく感じるほどだ。)

肝心の試合はというとリザーブマッチから全てが判定決着。
本戦も皆が相手の攻撃の持ち味を消すような、負けないためにディフェンスに重きを置いた
ライトなファンに、訴えるものに乏しい試合内容ばかり。
本来のk-1のコンセプトは倒し合いだったはずだが、この日の選手たちは
お互いの手に内を知り尽くしたカードが多く、お互いに
ポイントアウトを狙った安全策で、ただテクニカルだっただけだ。
何試合の数試合にこういう試合がある分にはいいが、
こんな試合ばかりだと退屈極まりない。

演出の乏しさも手伝い、試合のプログラムが淡々と消化されるだけで、
観客がヒートアップした瞬間も、佐藤選手がアルバートクラウス選手を試合終了間際に
ダウンをさせたたったの1回きりであった。

帰り道に俺たちは、地味な試合ばかりで盛り上がりに欠けてつまらなかったね。
今日来て失敗だったな。
判定ばかりで試合も長いし、なんだか疲れちまったな。と口々に不満を言い合った。
明日へのやる気の起爆剤どころか、金の無駄。がっかり感だけが残った。

それくらい、会場を後にしたときに今日は観戦してよかったなと思えることが1つもなかったのだ。

強いてあげるなら、リザーブファイトの吉本選手のテクニックが素晴らしく感心させられたところであろうか。
俺も行く前の期待感や高揚感と反比例して、徒労感だけが残った。

もうK-1は終わったし、キックボクサーの憧れの舞台ではなくなったなと俺たちは感じた。
1つの時代が終わったのだ。
これからは、オランダが拠点のショータイムや本格的なムエタイが本流になっていくことだろう。

一緒に行った仲間は、K-1に憧れてキックを始めた青年だが、
もうK-1が目標ではなくなったと幻滅をし、K-1ルールにも完全に見切りをつけた様子だった。

こんな規模で開催をするなら、世間的にはマイナーなただの1キック団体と同じだ。

メジャーだったK-1が、本来のマイナーな世界に引きずり降ろされたのだ。
来月も開催する予定らしいが、個人的にはもういいんじゃないかなと思う。
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by masa3406 | 2011-06-26 05:58

朗報

以前、ジム仲間で一緒にボクシングの出稽古に通っていた高校生
今は大学生から久方ぶりにメールがきて、
プロテスト受験が正式に決まったとのこと。
ついに、ここまできたか・・・。

それは俺には朗報だった。
俺が連れて行ったのがきっかけで、とお礼が書いてあるが、
とんでもない。

プロテストを受けるまでにも、厳しいふるい分けがなされる大手ジムで
その段階まできたのは、本人の素質と努力の成果だ。

名門ジムでプロテストの受験資格を得るには、
まずトレーナーにこいつは優れたボクシングの素質があると
最初に目をかけてもらわなければならない。
過半数の一般の練習生は、放置プレーで、
ほとんどが1人で練習をして、1人で帰っていく世界だ。

そして、そうした厳しいトレーナーから受験OKをもらえるレベルまで、
ミットやハイレベルな選手の集う中のスパーの訓練をして技術を高めないとならない。

大手ジムで、プロテストを受験させるということ。
それはすなわち、
表に出しても恥ずかしくない、普通に合格する水準のレベルの選手を受験させる

と同義だ。

大したことがない中途半端な選手に受けさせたら、
ジムの名前に傷がつくとの考え方も多分にあるのだと思う。
従って、一か八かの記念受験のようなことはほとんどさせてはもらえない。

だから、彼がここまで来たことは、プロとして試合をする実力がついたということでもあり、
それなりの難関をクリアしてきて、プロで試合ができる実力がついた証しでもある。

出会った当時の彼は、名門の部活を辞めて目標を見失って挫折をしていた時期でもあり、
なにか運動でもしようとキックのジムに来たようだ。
この少年は居場所とコミュニケーションに飢えていて、
放っておくと目標もなくだらだらと悪い横道にそれてしまうかもしれない。
飽きさせてはいけないと、
当時、俺は彼とジムで積極的にコミュニケーションを取った。
その一度は挫折を味わった少年が、ここまで継続してくれたことがとても嬉しかった。

俺は、パンチのディフェンスや基本を学べればという気持ちで、個人的に連れて行ったのだが、
そこから彼は、ボクシングに楽しさや奥深さを見出してボクシングの道に進んだ。
そのきっかけで、ひと1人の人生が変わったのだから不思議なものだ。

デビュー戦で勝ったら、泣いてしまうかもしれない。
デビューの時は仲間とかけつけたいと思っている。
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by masa3406 | 2011-06-21 04:57

あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない

最近、フジテレビで毎週木曜 25時15分 - 25時45分まで放送をしている
『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』という長い題名のアニメにハマっている。

過去もメジャーアニメ以外は、ほとんどアニメを見る習慣がない俺にとっては、
われながら珍しいことだ。

きっかけは、たまたま夜のバイト帰りにカーナビのテレビで見たからで、
普段なら、知らないアニメかとほかの番組に変えてしまうところだが
何かに惹かれるようにそのまま見ていたのだ。

以前にレスした俺が好きな夜祭りが行われる
秩父市が舞台なのも興味を抱いた1つの要素だ。
俺が、行った場所が所々に出てくるので、不思議と懐かしい気持ちにさせてくれる。
あとは小学生から男子校だったので、その他はまったく共通項はないが。

主人公は高校1年生の引きこもりの男で、その男のもとに
事故で亡くなった小学生時代の女の子の幽霊が突然現われて、
同居生活を始めることから、物語は始まる。

主人公は、小学生時代は幽霊を含め6人からなる
仲良しグループのかつてのリーダーだった。
幼なじみの幽霊の願いは、その時の仲間全員で心を1つにして、
その幽霊の願望を叶えてもらうこと。
(幽霊自身は、その願いがなんであるかを自分でもわかっていない。)

女の子の幽霊の姿は小学生の亡くなった時から成長をしているのだが、
ひらがなしか書くことはできないし(女の子の遺品の日記にだけ文字を書ける)
いつもはしゃいでいて落ちつきがないし、中身はどうも小学生のままのようだ。
主人公は、その幽霊と会話のやり取りもでき
物理的な干渉もできるのだが、それ以外の人間には幽霊の姿すら見えない。

そこで幽霊の願いを探して叶えて成仏をさせてあげようと、
かつての仲良しだった全員が再会を果たすわけだが、
会っていない歳月を経て、みんなの生活する環境も人柄もすっかり変わってしまっている。
集まってもぎくしゃくしてよそよそしく、
一緒になって何かを行うに際して、チームワークを構築することですら前途多難である。

中でも2人は、有数の進学校に通い。リーダーだった主人公も含む残りの2人は底辺高校。
もう1人はフリーターと
ヒエラルキーができていて、かつてのパワーバランスも崩れてしまっている。

主人公は高校受験の失敗で挫折をして、学校に行かずに引きこもって
自信を喪失して屈折をしているので、
前の2人はコンプレックスを刺激する存在でもあるのだ。
普段なら、知らないアニメかとほかの番組に変えてしまうところだが
何かに惹かれてそのまま見ていたのだ。

通常のアニメなら、そんな異なる環境のかつての仲間たちが目的を果たすために
昔に戻ってやがては心を1つにしてと、ありがちな友情アニメのシナリオの展開を
想像できる思うのだが、
このアニメはそれからが、非常に変わっているのだ。

女の子の幽霊の真の願望を探して叶えようと皆で形の上では
1つの目標に向かって協力をし合って行動をするわけだが、
来週の最終回を目前にしても、恋愛感情の利害もからみ合い
各々に自分の欲望やエゴ・嫉妬心が
渦巻いていて、全く心が1つになる様子がないのだ。

みんなで一緒にいるときも、主人公とぽっぽというあだ名の男同士以外は、
仲良さげな描写もないのも変わったアニメだ。
進学校に通う2人に至っては、笑顔すら見せないほどである。
登場人物には、ぽっぽという少年以外は屈託のなさがなく陰があり、
見ている人は、彼らの距離感に寂しさすら感じて心温まらないのだ。
見た後に、不思議と悲しい気持ちになるアニメだ。
EDのsecret base 〜君がくれたもの〜も物悲しい。

そんな彼らとは対照的な、女の子の幽霊の純粋で無邪気なキャラがまたもの悲しい。
その幽霊『だけ』が仲良しだった昔のままなのだ。

アニメ自体は、あたりまえの事だけどリアリティーとは程遠いが
そんな彼らの微妙な人間関係の描写に、俺はとてもリアリティーを感じたし
興味深く感じた。

人間は、時間とともに変わり行く生き物だ。
良くも悪くも時の経過とともに感性や人間関係や環境も変わっていくもので、
純粋だった小学生時代と同じままであることは、まずないと思う。

かつて、さんざん一緒に遊んだ仲良しも今では疎遠。
再会をしても、その空白期間を経て変わってしまい
会話や感性も合わないということは、現実でもありえることだ。
さすがに彼らのようにぎくしゃくはないが。

そうして、みんな過去を消化して忘れて大人になっていく。
大切なものも変わっていく。
皆、大切なのは今の人間関係であり今の友達だ。

大人になると異なる人生経験や仕事や結婚とさらに変わっていくものだ。
この間の、小学生時代の1部の集まりで俺が躊躇して構えてしまい結局参加をできなかったのも、
それが理由だ。
どうせ、もう環境も違うし話が合わないだろう。
いまさら会って何を話すんだ?とコンプレックスからも気後れをして1人で決めつけて
結論づけたのだ。

悲しいけど人は、過去には戻れないのだ。

だが、女の子の幽霊は中身は小学生の死んだ時で止まっているので、
感性はその時のままなので、
昔と同じままで純粋に仲良くみんなで心を1つにしようと、
もう変わってしまった彼らにその時の彼らに戻れと無茶な要求するのだ。

俺には、見ていて
その挫折のない女の子の幽霊の子供の無邪気さから来る要求が、
彼らには迷惑でもあり残酷なことにと思えてならない。

これは、もちろんそのアニメの全体的な解釈ではなく
1つの側面の解釈なのかもしれない。

これだけ、バラバラな彼らが
今週の木曜日の最終回1回で、どうまとまってEDとなるのだろうかと
予想すらつかない展開も楽しみだ。

これを読んで
もい興味がある人は、
あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない 動画と検索をすれば
これまでの10話が見れるので、ためしに見てもらえたらと思う。

その中でそれを見て、何かを感じてもらえれば幸いである。
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by masa3406 | 2011-06-20 06:28

6冊のゴルゴ13

夜のバイト先の先輩が、ブックオフで大量に購入したとかで
ゴルゴ13の単行本6冊 これ貸してあげるよと一気に手渡された。
手渡した先輩の顔は、とっても満足そうだった。

貸してくれるのはありがたいけど、どれも俺はすでに読んだ本だった。
しかし、満足そうな先輩の顔を見ると、とてもそれを言い出せなかった。

この人は今まで本でも漫画でも貸してくれたことは一度もない。
この藤本美貴が好きな先輩は、タイに頻繁に遊びに行く人だが、
今までお土産を買ってきてくれたこともなかったし、
ジュースの類すらくれたこともただの一度もない。
俺も、今までゴルゴを愛読していた過去があったことを話したことなど
一度もなかった。
それが、なぜ今になって急に「ゴルゴ13」を貸してくれたのだろうか?
なぜゴルゴ13だったのだろうか?

2年ほど前、深夜に放送していたゴルゴ13のアニメを毎回録画していたことや、
横浜駅東口の3月の震災で閉館してしまったボウリング場ハマボウルで、
ゴルゴ13の狙撃ゲームに10000円を注ぎ込んだ事は、
トップシークレットで話していないはずだ。

もしかしたら俺が、ゴルゴ13を読みたそうな物欲しそうな顔でもしていたのだろうか?
謎は深まるばかりだ。

そして、参ったなとも思った。

実はこのバイトを俺は、今週でやめてしまうのだが、
まだそれを彼にはなんとなく言い出せなくて告げていなかったからだ。

日曜日が最終日なのだが、彼にすでに読んだゴルゴ13 6冊をどのタイミングで返却するか。
やめるのを先に言うべきか、ゴルゴ13 6冊を先に返すべきか。
あるいは同時にすべきか、また新たな悩みが増えてしまった。
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by masa3406 | 2011-06-14 05:19

AKB総選挙とAKB48

今日は休みで、徹夜で外出をして帰宅してテレビを見ていたら
いつの間にか疲れからそのままの状態で落ちていて、夜中に目が覚めた。

目覚めると、テレビは有吉AKB共和国 の今日あったAKB総選挙の結果を放送していた。
俺はAKBはファンではないが、これだけ連日テレビや
買う日刊スポーツや漫画の巻頭のグラビアに出ていると
特に関心もない一般庶民の俺でも、テレビに出ているような
露出が多いメンバーの名前はだいたいわかるようになった。
非常によく洗脳が行き届いているというか、敏腕Pの秋元康氏の戦略の思うままである。

2007年に制服が邪魔をする。がFMやカウントダウン番組で頻繁に流れていたときも、
多分、このアイドルグループは売れないだろうなあ。と思っていた。

確か2004年に電車男で秋葉原がこれまでのPCの町から
オタクの町としても一般層に有名になり、注目された流れに乗っかろうと
オタクの象徴の町の我らのアイドルとして設立の発端になったのだろう。
2005年も今の規模ではないもののかなり宣伝をしていたが、一般人の俺には空回り感を感じたものだ。
今ほどの知名度はなく、秋葉原のアイドルだって?
秋元康も変わった事を考えるものだなあ。こいつらは誰なんだ?どうせ売れないよ。と
秋葉原駅のホームの宣伝の名前も1人もわからないポスターを見て、
冷ややかな目ですら見ていた記憶もある。

秋葉原のドンキホーテの前に夕方に頻繁に人が大行列を作っていて、
多分、新しいゲームか何かの発売日なのだろうと思っていたわけだが、
それは最上階にAKBの劇場がありその行列であった事なども
何度もドンキホーテに訪れていたのに知らなかった。

ちなみに、電車男本人がスレッドでまさに恋愛相談をしていた時代に
俺もその板を頻繁に訪れていて、そのような恋愛相談のスレッドがあったことを今でも鮮明に覚えている。

まさか、こんな誰もが知る少なくとも知名度が国民的なグループになるとは思いもよらなかったものだ。
曲はちょうど90年代・80年代の曲調が多く、それもアイドル好きの30代40代までも
幅広く巻き込むことができ彼らのツボにハマったのだろう。

メンバーでは、1番美人だと思う小嶋陽菜は6位になったそうで
中間発表が10位だったので良かったなと思う。
夜の世界で相当数の女の子を見てきた俺には、小嶋と篠田の容姿が
さすがはアイドルだなと思わせてくれる外見で単純に説得力があり、
正統派な王道を感じさせてくれるのである。

1位・2位・3位の子はAKBに詳しくない俺にとっては、魅力がイマイチよくわからない。

だから、アイドルの世界のことはよくわからないけれど
実力が反映されて欲しいと思うのだ。

テレビを見ながら携帯を見ると夜中前の親友からの着信履歴があったようだ。
メールも届いていて、昼間に今日 子供が産まれそうだとあった
子供がついに産まれたのだそうで、立会って思わず感動をして泣き笑いをした様子が
書かれていた。
親友がいわく、人は感動の境地に行くと泣きながら笑うんだそうだ。
素晴らしい事だ。
俺には、そんな経験や感動はこれまで生きてきて一度もない。

友達の電話は、産まれた後のリアルタイムの感動の声をすぐに伝えぶつけたかったのだろう。
疲れて寝てしまっていて気づかなくて、非常にすまない気持ちになった。

プロレスに例えるなら、フィニッシュホールドの大技をまさにかけようという時に
受け手がいなくて、スカされてしまったようなものだ。

その返信の文面を考えながらふと
ついにパパになった親友が、ちょっと遠くに行ってしまったような寂しいような気持ちにもなった。

シンプルに動物的な観点で人間の存在理由を考えたら、子孫を残すサイクルのためにあると思う。
なんだかの理由で子供ができないなら、結婚をして働いてということもひとつの最終形態だと思う。

そう考えたら、俺は何のために生きているのだろうか?とそのサイクルを今日形にした友人の
現実をあらためて見せつけられてみて、何もしていない
何の展望もない自分の生き方に疑問を感じてしまったのだ。

結婚をするわけでもなく、何か世の中の役に立つわけでもない。
後世に残る何かを開発したり仕組みを作るわけでもない。

ただ、飯を食うために働くだけの人間の存在理由とはいったいなんなのだろうか?
そんなことを感じた。
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by masa3406 | 2011-06-10 05:21

自殺未遂

店の子に慌てた様子で、とある区の公園まで連れて行ってくれと頼まれた。
理由を聞くと、友人の女子が今 公園で自殺未遂をして失敗をして電話がかかってきたとかで、
そこに今から駆けつけるのだと言う。
それは、えらいことだとナビで調べてそこに車を走らせる。
俺も、これまで生きてきて自殺をしようとしている人間の元に駆けつける経験は初めてのことだ。
その子が、妙に落ち着き払っているので、不思議なことにあまり緊急時の逼迫した感じがしない。

理由は、ホストだかの男にフラれたかららしかった。
そんな理由で・・・・。若いのに何もそんなことで死ななくてもねえ。と俺が言うと、
その子も呆れた様子で同意をする。
その子のように巻き込まれる周りの人は、人騒がせで大変だな。と客観的に思う自分がいた。

怪我でもしているようなら、そのまま病院に連れていかないとならない。

車で、その地区に行くと暗い中に似たような公園や緑地がいくつもあり、
なかなか見当たらない。
店の子が、電話で話して場所を聞いている。
その冷静なやり取りができるのだから、多分もう落ち着いているのだろう。
自殺をする事は完全にやめたようだ。

付近のいくつかの公園を探していると
ちょっとくぼ地に公園があり、暗闇の中にブランコにうなだれて
ポツンと座るちょっと太めな体型な人のシルエットが見える。
多分、あれじゃない?と俺が言うと、

多分、○○だと、その子は勢い良くそこに駆け下りて行った。
俺は、近しい人間でもないし恐れ多いのでそのまま上から様子を見ていた。
それからしばらく、ブランコに座ったままの状態の人に、何事か話をしている。

俺が、事前にもし俺の助けは要らないようだったら
OKの合図をしてと言っていた合図をよこしたので、
もう大丈夫なんだな。と俺はそこで車に戻り帰った。

後で、聞いた話によるとブランコを巻きつけて(ブランコを1回転させて上のバーに巻きつけるあれです)
そこに首を掛けて吊ったら体型が太いので落下して未遂に終わったのだそうで、
そのまま公園で数時間話をしていたそうだ。

しかし、女の子が1人でよくブランコを巻きつけられた物だし、
よく、そのような方法を考えつくものだと俺は変な所で感心をしてしまった。

しかし、未遂に終わっていなければ黙って死んでいたわけで、
この前の芸能人の上原美優のように自殺者は、突発的に
他人から見たら、死ななくてもと思うような事で死んでしまうもので、
それを事前に食い止めることは難しいのだと感じた事件だった。
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by masa3406 | 2011-06-05 00:28