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韓国推しブームの本丸

フジテレビの韓流デモから自分なりに思うことをレスしたいと思う。

俺は、フジテレビの朝の情報番組。
めざニューや目覚まテレビを見ていたのだが、
番組の中で毎日必ずと言っていいほど芸能コーナーに韓国の歌手や
俳優のどちらかが出てきたものだ。

まだ東方神起や少女時代 KARAなどの売れているアーティストの話題を取り上げるなら
わからないことはないが、これから売り出すような無名の韓国人アーティストまで
(つまり特に放送する韓国芸能人のネタがない)
無理にねじ込むやり方は、特にアンチでも毛嫌いをしていない俺にも
その偏った放送姿勢に疑問を感じたものだ。
それらが、全部で3つ4つほどのニュースしかない芸能コーナーの日本人のニュースを差し置いて
取り上げるほどのニュースには、とても思えなかったからだ。
他にも食べ物のコーナーでも、キムチなどの韓国ネタはよく見られた。

これはフジテレビに限ったものではなく、TBSも同様にそのような傾向は見られた。
俺は、夜のバイト帰りにカーナビのテレビでTBSで日本のドラマの再放送を
見ながら帰宅するのが好きだったのだが、
数年前から、それらに取って代わり韓国のドラマを流すようになってしまい
俺みたいな個人レベルでも韓国押しのせいで、ささやかな楽しみを奪われた形になっていた。
午後帯も言われているようにドラマは韓国のドラマが確かに多かった。
俺は、韓国のドラマは全く興味がないので迷惑とも言えた。

この洗脳ともサブリミナル効果とも思えるやり方は、裏に仕掛け人がいることは明らかだ。
いわば電通が仕掛け人であり、このやり方や洗脳方法はAKB48の売り方にも非常に
よく似通っていると思う。
何も我々がなんとなく洗脳されて、仕掛け人の意図されたブームにいつのまにか乗せられてしまうのは
韓流だけではないのだ。

俺は、スポーツが好きなのでスポーツ新聞を頻繁に読むのだが、
その芸能欄でいつからかAKB48を大きなスペースを取って取り上げるようになった。
今のように、俺を含めた一般層にまだAKBの主力メンバーの顔も名前も浸透していなかった時期で、
ブレイクする前の話だ。
その頃は、AKBのメンバーを1人も知らなかった俺は、記事に出ている人が
誰が誰だかわからないのもあって記事を見るたびに
またか。情報のごり押しもいい加減にしろとイラっときたものだった。

俺のスポーツ新聞の購読歴は長いのだが、
それまで、特定の芸能人ばかりをここまで定期的に取り上げる習慣がなかっただけに
裏では何かの力が、AKB48を売り込むためにタイアップして意図的に宣伝しているのは明明白白だった。
またその傾向は少年漫画や一般雑誌でも見られた。

AKB48は、今では確かに国民的アイドル?売れているが、では具体的に彼女たちの何が特別凄いか?
何の能力が国民的であるのか?ビジュアル含め何か特別秀でた能力があるのか?
スター性があるのか?
と聞かれて、はっきり答えられる一般人は少ないのではないかと思う。

客観的に見て、前田も大島優子も過去の一時代を築いたアイドルと比較をして、
ビジュアル含めてカリスマ性があるとはとても思えない。
断わっておくが、俺はAKB48のアンチではない。

最近、子役の芦田愛菜ちゃんを物凄くテレビで取り上げ出演させて推しているが
あれなんかも意図的にブームを作ろうとしているのがわかる。
ちょっと前までの、子供店長こと加藤清史郎くんとの入れ替わりなのだろうか?
そのミクロな例であり基本構造は同じなのだ。

今回の事で、フジテレビを叩くだけではなくそのように仕掛け人が意図的にブームを作り出そうと
マスメディアと組んで洗脳を行う
中枢組織である電通に、もっと目を向けて欲しいものだ。
攻撃をするならそこを叩かないとならない。
フジテレビは、その仕掛け人の仕組んだ仕掛けの流れに乗ってさらに売ろうと目論んでいる
便乗組であり、真犯人はそこではない。

本当の悪の枢軸はむしろそちらなのだ。

表に出ているものを攻撃するのはいいが、本当の裏にいる人物や
その洗脳するシステムの仕組みや構造にもっと切れ込むべきであり、
そこを炙り出さずに表をいくら叩いても根本は解決しない。

癒着関係にあるマスコミがそれを暴きだし叩くことはないわけで、
今回のようなムーブメントを起こして、
マスメディアを利用して洗脳するその構造を暴きだして、
叩くきっかけになって欲しいと個人的に願うのだ。

本丸はそこであり、大もうけをして影で笑っている人間がいるのだ。
またそんな仕掛け人の仕掛けた通りに、作られたブームに乗せられて
踊る国民性を俺は悲しく思う。
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by masa3406 | 2011-08-27 07:12

再び同窓会

友達からメールで小学校の同窓会の誘いが来た。

今のところ決まっている参加者の名前が出ていて、
卒業以来会っていない奴も沢山いる。
若干の不安感が心の中に生じてくる。
当時は、仲良しだったもう会っていない奴も何人かいたが、
グループが違って、まったく交友がなかった人間も沢山エントリーされている。
今は知らないけど、性格的に癖がある奴もちらほらエントリーされている。
名前の一覧を見ながら、会っていまさら話が合うんだろうか?
などと思って身構えてしまう自分がいる。
たぶん、卒業後の環境も彼らとはえらい違いであろう。

俺が元いた学年は、いい奴も沢山いたけど自己主張が強くて癖がある奴も多かった。
まとまとまりがなくて、全体で見るとみんなが仲良しであったとは言えず、
派閥もあったりしてほとんど全体で集まることがない学年だった。
留年した学年が、皆が仲良しで和気藹々としていただけに余計に比較をしてしまう自分がいた。
また、俺が留年してその学年を去ってからは彼らの交友事情もよくわからないだけに
余計に遠い存在に感じる。

地域の幼稚園に通っていて、ほぼ区立の小学校に通うことが決まっていて
のほほんと過ごしていた俺が、
ある日から突然、母親がマンツーマンのスパルタで受験勉強をさせられ、
突然、私立の小学校を目指すことになった。

その期間は3ヶ月だけだったらしいのだが、母親がヒステリックで鬼婆のように怖くて、
急に友達と外でも遊べなくなって、家でも缶詰め状態で非常に嫌だった記憶が
今でも残っている。
問題を解いていて間違えたら、キレられて殴られたものだ。

わけもわからずに池袋に模擬テストを受けに
母親に連れて行かれて、いかにも普段から勉強しています。
みたいなメガネをかけた賢そうな勉強虫みたいな子供が沢山いる会場を見て、
とんでもない競争の世界に放り込まれた気がしたものだ。

受験前に親と親が受けさせる学校をいくつか見学した。
その中で、この学校はいいなあと思える学校もあった。
幸か不幸かいくつか合格できたのだが、
その中で幼心にもこの学校には行きたくないなあ。と感じたこの学校に
俺の意見を無視して親は入れた。

仲良しだった地元の友達と離れ離れになり、ランドセルを背負って電車通学になった俺は、
自分の境遇が理解できずに入学した最初は、さっぱり学校の雰囲気に馴染めなかった。

わけもわからずに短期間で即席の受験勉強をさせられて来た俺とは違い、
クラスには勉強ができる奴も沢山いた。
勉強ができる奴ら特有の、
人をからかったりみんなと同じようにできないと馬鹿にしたりする、
ずる賢く意地悪な奴が多く存在した。
競争心を持った同級生を見て、子供心にもクラスからギスギスした雰囲気を感じたのだ。

親は、私立で金持ちでおっとりとしたいい環境の学校として入れたつもりかもしれないが、
今にして思うけどこの小学校はいじめや派閥がとても多く、子供には複雑な環境でもあった。
悪い奴や、意地悪な奴おかしな奴も多く
ここではとても書くことはできない、信じられないような事件が沢山あり
いろいろな出来事があった。
他にもクラスで盗みが頻発したり、万引きが流行するとか
変に賢いだけに大人びていてやる事もタチが悪いとも言えた。
生徒だけではなく学校も当時、色々なトラブルが起きていた

事件を起こして退学になった同級生も何人もいたし、登校拒否になった奴も何人かいた。
また勉強面でも中学に上がるときに定期テストの点数のノルマがあり、
小学校から中学に上がるときに10数人もの同級生が他の学校に出て行った。
卒業式の時に、みんなと一緒に中学に上がれなくて寂しくて大泣きしていた
同級生の姿を俺は忘れない。
それは小学生心にも、とても残酷なリストラの現実だった。

幼稚園の時は大人しくて女の子とばかり一緒に遊んでいた俺が
それまでとは環境が変わったストレスからだろうか、同級生が攻撃的だからだろうか。
入学してからは、一変して攻撃的になった。

恥ずかしながら、小学生のときの俺は何か言われると短気でキレてすぐに手を出すタイプで、
途中まではすぐに暴力を奮う乱暴者で、トラブルメーカーだった。
当時から打撃の1発があったのか、1発で相手を戦意喪失させる展開が多かった。
なぜか強かったのでそれがエスカレートしたわけだ。

また明らかに意地悪で嫌な性格の奴、限定だったがいじめもしていた記憶がある。
ただ、その時に思ったのが一緒に賛同をして参加をしてきたいじめをする同級生達の目が、
普段は大人しい奴であれ、勉強ができる優等生であれ、
みな一様に意地悪な笑みを浮かべながら、サディスティックに光っていたことだ。

幼心にも、人間はいじめるのが本来は好きな生き物なのだとこの時に悟った。

これは確信していると言ってもいいほどだが、
今でも、ネットで有名人が何かを起こしたら皆でいっせいにバッシングしたり、
フジテレビの過剰な韓流押しをデモを起こすなど総攻撃をしているけど
振り上げた拳の背景にいかなる正当な主張や理由はあれど、
人間はそういった攻撃性をどこかに秘めていて、
どこかにはけ口を探していて、
本質的に何かを叩いたり、いじめることが好きなのだ。

暴力のほうは、恩師と言える担任に諭されたり
あまりにも手を出しすぎてクラスで過半数を敵に回したことや
いじめの方は担任にめちゃめちゃキレられ、次第に改心をして
俺は、みんなと楽しく仲良くする協調路線にと変わっていった。
高学年になってからは、校舎に消火器をぶちまけた以外は大した事件は起こさなかったと思う。
今ではまったく恨みはないが、この学校では本当に先生によく殴られ怒られたものだ。
部活は野球部に入ったり、陶芸部に入ったり文科系と体育会系を
行き来していた。

人生にもし?はないが、
いい奴も沢山いて本当に沢山遊んだし、楽しい事も沢山あったんだろうけど、
もし、この学校に行っていなかったら、
勉強もできなくてもできないなりにのんびり過ごせる、意地悪な奴が少ない
地元の区立でも通って身の丈の中学高校に通って、
仮の学生生活があった気がするのだ。

すなわち、ここの小学校時代は自分の過去を振り返る上では複雑な原点でもある。
もしかしたら、ココがボタンの掛け違いの始まりなのかもしれない。

今、付き合いが続いているここの同級生はなぜかほとんどが、俺と同じ下町の人間ばかりだ。
俺達は、勉強も本来はあそこに行くべき人種じゃなかったよな。
身の丈に合った区立でも行ってのんびりしたかったな。と
飲みながらそんな話になったことがあるほどだ。
別に俺らみたいのが知り合うなら、いくらでも下町の区立にいるし
交友関係や行った大学が結局これなら、背伸びをしてそんな環境に行く意味もなかったよなと。
その時は、口々に言い合った。
各々、普段は口にこそしないもののコンプレックスやココで過ごしたことで得た心の傷があるのだ。
俺達は、親の体裁や見栄のせいで人生を翻弄されたようなものだ。

卒業したら、すっかり本来の自分の環境に戻ってしまった俺には、
そんなわけで、いまさら彼らとノリや話が合うのかも不安でもある。
それらの事情や過去がからまり合い、色々な意味で『素直に』とはいかないのだ。

ただ、当時仲良かった奴も何人も参加するみたいだし、
前回別の集まりを構えて行かなかったので、
今回くらいは参加してこようかなと考え中である。
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by masa3406 | 2011-08-22 05:12

相談

中学・高校時代の友達と高校時代通った駅で待ち合わせて、飲みに行った。
高校時代よく通った駅前は、以前とまったく変わらないままだった。
こちら側は学校が多いのだが、夏休みで夜ともあって
いつもの風景である駅に溜まる高校・大学生の姿はなかった。

彼と過ごしたその頃、彼はサッカー部のレギュラーで、東京でもなかなかの実力の選手だったわけだが、
監督と合わずに部活を辞めて目標を見失っていた時期だった。
勉強が出来ず落ちこぼれていた俺とで、
塾も一緒だったこともあり、学校帰りにパチンコやゲーセンとよくつるんでいたものだった。
お互いにマイペースで、組織や社会の枠組みに器用に馴染めない不器用な人間でもあり、
そんなところも引き合ったのかもしれない。

当時は、互いに悩みや愚痴を言い合い
家や学校に対して鬱屈としていた気持もあったわけだが、
彼は優しい性格で、当時の俺の愚痴や不平不満を飽きもせずにずっと聞いてくれた。
彼の存在で、当時もずいぶん救われたと感謝をしている。
今となっては、そんな若い日々も懐かしい気がする。

2人にとっては、この駅はそんな多感な時期を過ごした思い出の土地だ。
本当は逆の出口のほうが、近くで働く彼の職場からも近いのだが
俺はあえてこっち口で待ち合わせをした。
ここでこうして、昔のように彼と再び待ち合わせて再会したいと
ノスタルジックな気持ちで思ったからだ。
待ち合わせ時間に現れた盆休みは、既に終わったというスーツ姿の彼は幾分か太ったようだ。

飲み屋は、線路沿いの雑居ビルにある美味いとも不味いともわからないが、
よくある和風ダイニングのようなこぎれいな鳥料理の居酒屋に入った。

お通しを食べ生ビールで乾杯をしながら、最近はどうだい?と話題に入ったわけだが、
友達は、経理部にいたはずだが何カ月か前に部署全体が重大なミスをおかして、
その責任を取らされ今は全く違う同じ内勤ではあるが、
いわば閑職的な部署に異動になってしまったのだそうだ。
一時は、会社を辞めてアルバイトをしようかと相当に悩んだとのことで、
アルバイト雑誌を読んで真剣に探したのだそうだ。

ちょうどその頃、彼にメールを出しても返事がなかなか返って来なかったことを
俺は思い出した。
その時は、仕事が忙しいんだろうなと思っていたわけだが逆境期だったようだ。
今も、新しい部署では肩身が狭いらしく、今日会うまでは前のように会社で安泰だと思っていたわけだが、
友人も色々と苦労しているんだなと思った。
彼は既婚者なので、今は奥さんに相談をしているのだろう。

今日は、俺は今の仕事で色々と悩んでいることがあったので、
そのことを正直に相談した。
小さい頃からの素の俺を知っている彼なら、なにかいいアドバイスやヒントが聞けて
答えが導けるかと思ったのだ。

振り返ってみると、俺は営業職なのだが俺の交友や親友や友人に
営業を仕事にしている奴はなぜかたった2人しかいない。
別に友人に限ったことでもなくジム仲間にも、どうしてかほとんどいないのだ。
俺は、理系ではなく文系の人間なのにだ。

友人や親友は、どこか似たような性質・気質の人間が集まるものだ。
いわば交友関係は自分を映す鏡だとも言えるのだが、
俺は、日々の疑問に加えてそれらも本来の自分とは合わない道に進んでいるのではないかと
疑問を持ったのだ。
俺は、本来は黙々と1人でするような仕事が向いているのではないかと。

その事も、友人に問いかけてみたのだが、
返ってきた言葉は、○○は営業向きだと思うよ。と俺の予想に反したものだった。
俺は、内心では向いていないとの答えを期待していたわけだが、
客観的に見た印象は違うようだ。

○○は、授業中にいつも寝ていたよな。
あれだと例えば内勤は眠くなる時はよくあるし、勤まらないぜと笑いながら言われた。
彼は、卒業以来ずっと内勤なので、内勤に関してはその言葉は真実を突いているのかもしれない。
寝る寝ないの問題ではなく、内勤者のタイプとは俺は人種的に違うのかもしれない。

俺の、今の職場の労働環境に人間関係に仕事内容を話したら
総合的に見て、我慢をしていい会社が見つかるまでは続けたほうが良いとのアドバイスだった。
彼も転職を考える時はあるし、今の会社にずっといる考えはないのだそうだけど
今のこのご時世は厳しいので、なかなか身動きが取れないようだ。

時は経ても何歳になっても、2人ともお互いに人生の悩みは尽きないようだ。
季節はずれの鳥鍋を突きながら、
友人のアドバイスを素直に聞いて、盆休み明けの明日からまた頑張ろうと思った。
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by masa3406 | 2011-08-18 00:07

別の道

仕事が移動になって忙しくて更新が滞っていました。
被災地の続きは、またレスしたいと思います。

もう3年は会っていない友達に
元ロッテの伊良部が自殺したことで、お互いにプロ野球が好きだったので
俺が久しぶりに驚いたぜメールをしていたら、
今度の日曜日に飯でも食べないか?
と珍しいことに奴から誘われた。
会っていない期間にメールついでに何回か誘ったのだが、そいつの仕事で忙しく時間が合わないのか、
なかなか会えないでいた。
なんか誘っても面倒臭そうだったし、
次第にこちらからは、メールのやり取りこそたまにしても誘うことはなくなっていた。

それだけに、ちょっと驚いたしうれしくもあった。
この機会じゃないと今度いつになるかわからないので、
快諾をした。

そいつとは幼馴染で、家族ぐるみで仲の良い親友でもあるのだが、大人になるとこうやって
会う機会が減っていくもので非常に寂しいものだ。
昔は、しょっちゅうそいつの家に泊りに行ったものだし、
朝までそいつの家で語り明かしたこともあった。
俺が、就職した仕事が合わないときに会社帰りに寄って、愚痴を聞いてもらったこともあったっけ。
東北に住んでいた時に泊りにきてくれてドライブ旅行をしたこともあったし、
そんな過去が、今ではずいぶんと前のことのように感じる。

酒でも飲みたかったので、当日は車では行かないで、電車でそいつの家まで行った。
何人か親友がいる俺だけど、本当に小さい頃からお互いの家族が家族ぐるみの付き合いで、
お互いに何度もお互いの家に泊まりに行ったし、
小学生低学年から一緒に過ごした時間が長いだけに、
今は会ってはいないけど、お互いに本当の部分でつながっているのはこいつだ。と思う。
絆のようなものがあるというか。
だから、俺の母親が癌になったときに真っ先に伝えたのが彼だった。

家に着いて、家の下から電話をすると降りてきた坊主頭にTシャツにジーンズ姿の
友達は3年前よりもかなりやせたような気がした。
奴は、俺の顔を見るなり。
お前って本当に変わらないようなあ。と俺の顔を見るなりいきないゲラゲラ笑った。

これはかなり久しぶりに会う奴が、よく俺に対してするリアクションや第一声なのだが、
こっちにしてみれば、何が変わっていないのか自分ではわからない。

そのまま、駅の近くの俺がリサーチしてきた美味いという焼肉屋に行ったのだが、
日曜日で夕方の飯時ということもあって、店の階段に順番が待つ人が並んでいた。
そいつは性格が短気で、本来は待つことが嫌いなタイプの人間だったけど
一緒に文句も言わずに近況話に花を咲かせながら待ってくれた。

そいつは仕事はSEと郵便局のバイトを掛け持ちをしているらしく、
SEの仕事の稼ぎがいいらしく非常に羽振りが良いようだ。
SEは派遣みたいなので郵便局のバイトで、保険関係をカバーしているようだ。
妹は会社員なのだが、妹の収入の話をして
年収400万円なんかじゃ暮していけねえよ。
よくやってるよと
とニヤつきながら呆れたような顔をして言う奴を見て、ずいぶんとキャラが変わったなあと思った。
どことなく稼いでいる勝ち組の自信のようなもので、満ちあふれている。

もう、以前の慣れ合っていた時とは違い、彼も人生の生きていく道を見つけて
別の道を歩いているんだなとあらためて感じたし、
どこか大きく見えた。

前はパチプロをしていたり、佐川の仕分けのバイトをしてブラブラしていた時期もあった奴だが、
手に職をつけて稼げるようになって、今じゃ良くも悪くも目の前の奴は自信に満ちた雰囲気だ。
小さいころから頭の回転が早くて勝ち気でキャラは自信家だったけど、
仕事で自信を得てさらにパワーアップした感じだ。

高校時代の友達にも勝ち気で自信家で頭の回転が早い友達がいるのだが、そいつも就職してから
さらに自信満々の態度や顔つきになってキャラがさらにパワーアップしているところからも、
この手のテストストロンが多そうなタイプの人間は、
会社という競争社会に入ると、力を存分に発揮するようだ。
俺には肉食系の人間に見えて、別世界の人間のように見えた。
俺は、仕事をしていても仕事が好きとはとても言えないし、
仕事に自信がなく、心のどこかでまだ別の人生があるような感じがしてしまい、
どこか意識がいまだにお客様で情けない限りだ。

焼き肉屋に入り2人でメニューを見ると、今日はこっちまで来てくれたし、
なんでも好きなものを食ってくれ。
とふたたび自信に満ちた笑いをしながら言った。
金持ちじゃない俺は、遠慮なく御馳走になることにした。

話題の中で、よく焼肉を食べているような話が出たので、
最近、美味いものをよく食べに行っているの?とさりげなく聞いたら、
仕事先の女の子たちとよく食べに行くのだそうで、
前はなにかにつけて面倒臭がりで、女っ毛がなかったのに
この会っていない間に変わったなあと思った。

お前の結婚式を俺は楽しみにしているぞ。と探りを入れる問いかけをしたのだが、
結婚式なんかしねえよ。と答えたのを見る限り、
幼馴染の奴にいまさら聞くのも照れくさいから聞かなかったけど
きっといい相手でもいるのだと思う。
冗談抜きで、一緒に生きてきた奴の結婚式を見届けたいなと心の底から思った。

幼馴染なので、いつか2人で旅行でもしようぜ。と言ったら
嫌だよ。男同士でなんて。とまた今までの奴なら言わないセリフを返されてしまって、
ちょっぴり寂しい気分になった。
関係性の中でも時の流れとともに、失われていくものはあるのだろう。

そいつは、以前ゲーセンの1コイン500円のガンダムのゲームにハマっているのを
お互いに行っていた美容院の美容師さんに間接的に聞いていたのだが、
今もやっているのか聞いたら、あるときにふと我に返った時に計算をしたら、
それまでに250万円もつぎ込んでいたことに気づいたらしく、
それでようやく卒業をしたのだそうだ。

金を稼いでいる奴は使う金額のケタが違うものだ・・・。
ちなみに、そのゲームのランキング1位は某芸能人の中学生の息子で、
札束でパンパンになった財布を持ったその中学生と何度か渋谷のゲーセンで遭遇したのだそうだ。

お互いに酒が入り、昔のように語り合ったときに
俺は、以前よく一緒に過ごしていた時の懐かしい空気を感じた。
奴も、前と同じように楽しそうな表情していた。
昔は、こういう時間がたっぷりあって楽しかったよなあ・・・。
そんな奴の顔を見ながら、ふと俺は思った。

最後のほうに、俺はなんとなくまた今年中に1回飯でも食おうぜ。と奴に言った。
そう言わないと、当たり前のようにまたずっと会わない気がしたのだ。
テンションや時の流れの早さが以前とは変わってしまう、
大人になるのは、とてもさみしいことだと思う。

お互いに明日の仕事があるので、どちらから言うとでもなく
以前のようにそいつの家に寄ることはなく、そのまま駅でバイバイした。
ただ、何年ぶりに会って焼肉を食べただけで、
それだけのことだけど、帰り道、とても懐かしいような心地よい穏やかな気分になった。
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by masa3406 | 2011-08-10 21:27