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お通夜 2

これまでは、彼の亡骸を見ていないので、彼のことを話しながらも
生前の彼の姿を思い浮かべながらの話だった。

だが、ついにこの目で現実を受け止めないとならないときが来たのだ。

これでも随分見れるようにしたんですよ。
痩せて随分と変わってしまって。と奥さんは、
俺たちが亡骸を見る前にびっくりしないようにとの配慮なのか説明してくれた。

柩を覗くと、奥さんが言うように確かに生前の彼のイメージとは違って見えた。
それが痩せてしまったからなのか、どこがどう具体的に変わったのかは
わからなかったが、肌が荒れているし最後はとても苦しかったんだろうなあ。
というのが非常に伝わってきた。
まさしく大病を患った人の遺体だった。

俺は、心の中で 今まで友達でいてくれてありがとうな。と最後の挨拶をした。
いつかまたあの世で会おうぜ。
その時は、あの世を案内してくれよな。

顔こそは穏やかだったけど、最後の入院の闘病生活はさぞかし辛かったことだろう。
もしかしたら、この状態の彼と会っていたらそれはそれで辛いものがあったのかもしれない。

柩から離れて、2人で奥さんから亡くなる直前の話を聞いていたら、不意に涙がこぼれてきた。
とにかく悲しくて悲しくて涙が止まらない。
あいつの苦しい闘病生活が伝わってきて、かわいそうでしかたなかった。

今まで生きてきて、こんな気持ちになったのは初めてだったし、
あまり感情を見せない俺が、人前で泣いたのはこれが初めてのことだった。

今まで俺にとって、悲しさや悔しさで泣いている人というのは、深層部分ではどこか他人事だった。
俺は、きっとどこか共感能力や感情に欠陥があるのではと思っていたほどだ。

それが、初めて感情的な当事者になった。

それくらい、ただただ悲しかった。
俺は、親友の死で本当の悲しみというものを知ったのだ。

奥さんと挨拶をして部屋を出るときに、白髪の穏やかなご老人の奥さんのお母さんだという人と挨拶をした。
俺は、あいつは思い残したことはないと思いますよ。と言った。
旦那を亡くした奥さんの親からしたら、それはとても不謹慎な言葉であったかもしれない。

ただ、俺は生前あいつは、もうやりたいことはしたから満足しているとよく俺に言っていたし、
この世に未練や大きな悔いを残していないことを、友人としてわかって欲しかった。

あいつは、この世に未練を残してウロウロしているタイプの男ではない。
憐れむことなく、早かったけど人生を太く短くまっとうしたと気持ちよく送り出してやって欲しいと思ったのだ。

駅へと向かう帰り道、2人して本当にキツいねえ。と幾度ともなく口にした。
きっと本当に悲しいときは、そういう短い言葉でしか表現できないのだろう。

俺たちはできるだけ長く話そうと、あえて時間がかかる各駅停車に乗り、
途中で何回も先に行く電車に抜かされながら、家路へと向かった。

車中、俺は奴の生前の豪快なエピソードや奴の下ネタなど話し続けた。
こうして明るく話していないと、悲しい気持ちに押しつぶされそうだった。

楽しいエピソードに事欠くことはなく、友人は爆笑していた。
それくらいあいつは、この世でインパクトを残すほどに絶大なキャラや存在感を持っていた。
それだけに、失った人間たちの喪失感は大きかった。

ターミナルで乗り換えて途中の駅で友人が降りて行って1人になると、
急にまた悲しさがこみ上げてきた。
いつものように携帯でネットを見ても、頭に入ってこない。
ちょうど時間は夜のラッシュの時間帯で、車内は混んでいて座っている俺の前に立っている人達がいる。

俺は、静かに目を閉じると不意に涙が出てきた。
涙が止まらない。

まずい。

こんな混んでいる車内で男が泣いていたら、さぞかし異様な光景だろうと、
俺は下を向いたまま気づかれないようにそっと目をぬぐった。

駅から家までは、上を向いて歩いた。

有名な歌の歌詞のように、涙がこぼれないように。

翌日の告別式は、友人は列席できなかったので俺も欠席させてもらった。
あの長い道のりを1人で行って帰ってくることは、悲しさで耐えられそうになかったからだった。

友人の女性の友人が、辛くなるからお通夜には出席をしないと言っていた言葉の意味が、
身を持ってよくわかった1日だった。

親しい人を亡くすということは、本当の本当に悲しいことなのだ。

落ち着いた頃に、出席できなかった友人たちと彼の家に訪れ、
あいつに線香をあげにいきたいと思う。
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by masa3406 | 2012-12-09 06:21

お通夜 1

友人が亡くなってからほぼ1ヶ月が経過したわけだが、
俺は、最近転職をしたこともあって、まだ慣れない新しい生活へ奮闘し
同時に気疲れをしている日々だ。
お通夜の夜をちょっと振り返りたいと思う。


お通夜の日は、小さなロータリーがある
すっかり陽が短くなって暗くなった私鉄の改札口で友人と待ち合わせた。

私鉄の郊外の小さな改札口からは、電車が到着するたびに帰宅する人の群れが足早に出て行く。
ここに来るまでの車内、駅が近づくにつれて気持ちがどんどん沈んで重苦しい気分になっていく自分がいた。

これまでは、何回もお通夜に出席をしたことがあったけど、
こんなにまで重い気持ちになったことは1度もなかった。
それは、そこまで故人と直接的な濃い関わりがなかったからだと思う。
全部がそうであったとは言えないけど、俺はただの列席者だったのだ。

仕事の都合で30分ほど遅れてきた友人の姿を改札で見つけた時には、俺はどこかでホッとするのを感じた。
何年も会っていなかったけど、どこも変わっていないし、懐かしさもこみ上げてくる。
以前となにもかわっていない。

そこに今にもあいつが現れて、よう○○ちゃん!って合流してもおかしくない雰囲気だった。
俺たちには、あいつが亡くなったという現実感がまだついてきていなかった。

斎場へと向かう道すがら、重い雰囲気を振り払うように
俺は友人が亡くなる前後のことを俺は饒舌に話まくった。
まだ実感が湧かないよねえ。と2人して幾度ともなく口にした。

街道筋にあるそう大きくない斎場に到着すると、出入り口に友人の案内の看板が出ていた。
看板を見ると2人とも言葉が出ない。
いつもあだ名で呼んでいたので、友人のフルネームの看板を見ると、
これは現実なんだな。と沸かなかった実感が少し湧いてくる。

入口からエレベーターに乗り2階で記帳を済ませると、すぐにとなりの焼香部屋に案内される。
部屋に入ると、祭壇には彼の笑っている遺影と白木の柩があり、手前に彼の奥さんが立っている。
もう大分焼香するの人たちははけてしまったようで、並ぶ人は1組だけで順番がすぐに来る。

2人横に並んで焼香を済ませると、目を真っ赤に腫らせた彼の奥さんが
「今日は来ていただいてありがとうございました。」
と優しい顔だけど気丈に挨拶をした。

俺たちも短く挨拶を済ませて、部屋から出て料理が振舞われている部屋に向かった。
どちらからともなくキツイねえ。と言う言葉が口をついて出た。

あの目を真っ赤にした奥さんの顔を見ているだけでも、かわいそうで辛いものがある。
あんな顔の奥さんの顔を見るのは、これまで初めてのことだった。
気丈に振舞う姿を見ているだけで、寂しさや悲しさが手に取るようにわかるのだ。

その日、俺は奥さんにぜひ渡したいものがあった。
それは生前あいつが、愛していた行きつけのもつ焼き屋の手ぬぐいだった。

その店の名前が入っている手ぬぐいは、毎年、正月明けの開店日に振るわれるものだった。
普通のお客さんにとっては、よくあるただの粗品なのかもしれないが、
それをもらったとあいつは、俺にそれはそれはとても嬉しそうに話していた。

多分、そのなんの変哲もない手ぬぐいに友達は常連の証を感じていたのだと思う。

俺は、ここに来る前にその店に寄り、ご主人にいきさつを話して頼んで
それをもらってきていたのだ。
ご主人は、供えてあげてよ。とにっこりして快くほかのお客さんにバレないように
こっそりそれを俺に渡してくれた。

供えてあげてよ。と言ってくれた優しい言葉と気持ちが心温まり、俺はとても嬉しかった。

奥さんに挨拶とそれを渡すためにも、俺たちはしばらく寿司をつまみビールを飲みながら
部屋で、しばしお通夜の終わりを待つことにした。

いつものお通夜だと、不謹慎だがだいたいビールを飲みながら故人とは関係のない話をして
しまうところだが、また饒舌さを取り戻してずっと2人で尽きることなく友人の話をしていた。

しばらくそうしていると、焼香を済ませた親族が入ってきたので、そろそろだなと再び部屋へと向かう。
部屋では、奥さんが先ほどの位置で誰かと話をしていたので、それが終わるタイミングを待ってから
近づいた。

2人で挨拶をすると奥さんに手ぬぐいを渡して、いきさつを話してぜひお供えしてあげてください。と言った。
その店に行ったことがある奥さんは、お供えしてくれると言ってくれた。

亡くなる前に、何度もあいつが俺にその店に行こうと誘ってくれたのに
行けずにすみませんでした。と俺は詫びた。

奥さんいわく、彼はもう酒を飲んではいけない身体だったので、
最後の方は1人で行くと飲んでしまうので、本当は行きたくて行きたくて仕方ないんだけど
あえて止めてくれる俺と行こうと行くのを自粛していたんだそうだ。

それを聞いて、とても申し訳ない気持ちになった。
きっとあいつは食べたかったろうな。

今回の入院にはいつになく友人は非常にナーバスになっていて、
連絡を絶ってほとんど誰にも入院していることは言わなかったそうだ。

痩せてしまった体や姿を気にして、その弱みを見せたくなかったのだそうだ。

とすると、やはり俺への着信はその数少ないそれを教えてくれた電話だったんだろう。

お見舞いに来て欲しくて、きっと俺と会いたかったのだろう。
亡くなる前日の電話でも、俺は彼とお見舞いの約束をしたくらいだったし、
弱みを見せてまで、俺に会いたがってくれていたのは間違いなかった。
それは、彼が俺に本当に気を許してくれていた証でもあった。

さらに後悔の念と申し訳ない気持ちが湧いてきた。

そこで、奥さんは俺たちに ぜひ顔を見てやってください。と後ろの柩に歩んで促した。
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by masa3406 | 2012-12-09 04:48