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撮り鉄

ネットを見たら、昨今の鉄道を撮影するオタク「撮り鉄」が、
電車をホームから撮影するためにカメラを遮ったり、
カメラに入る乗客を邪魔だと怒鳴りつけたり、
撮影するためにホームから近づきすぎて電車を止めたりする輩がいて、
撮り鉄は異常だという論調で語られて叩きに叩かれていた。

何を隠そうこの俺も、小学生時代は電車が好きだった。
実家に車がなかった俺は、物心がついた時から親とどこに行くにも
電車だった。

当時はあちこちにカラフルで個性的な車両が走っていて、
それで、いつの間にか鉄道の車両に興味を覚えたのだろう。

小学生時代は、1人でも電車に乗りに行ったり
わざと通学の電車を乗り過ごして遠くまで行ってみたり、
そこから私鉄に乗り換えて乗ってみたりと、
好奇心の赴くままにあちこちの電車に乗りに行った記憶がある。

親に、なんで学校から帰るのがこんな遅いの!とよく怒られたものだ。

ときに同級生3人で、新しい電車が開業したり新しい駅ができたらさっそく
開業日に乗りに行ったものだ。
小学生3人で西船橋の駅で食べた立ち食いそばの味は、今でも忘れられない。

入っていたサッカークラブの合宿で、よく長野県の菅平に行ったのだが
その時もワクワクしながら電車の車窓をひたすら見ていた記憶がある。

まあ、野球が好きだったり漫画 ゴジラ 怪獣 プラモ ヒーローもの プロレス ゲーム
 サイクリングの自転車 スケボー ローラースケート
と他にも好きなものは尽きることなく
浮気性であまり一貫性のない奴だったわけだけど、
俺の小学生当時の将来の夢は、電車の運転手かプロ野球選手だった。

そんな俺も、父親のカメラを借りて何回か電車を撮りに行ったことがあった。
それは本格的なものではなく、
ほとんどがホームから気に入った電車を撮る程度のものだったけど。

だけに、その撮影している人の気持ちが少しはわからなくもないのだ。

大学時代にこんなことがあった。

当時栃木県に住んでいた俺は東京から泊まりに来た友達2人と
ドライブに行った帰りに、鬼怒川の河川敷をぶらぶらしながら遊んでいた。

高校時代野球部だった俺らは、それは野球をやっていた人間の習性といってもいいいだろう。
いつしか、次々に川に向かって石を投げ込み始めた。

どれだけ遠投ができるかと水平に投げて何回はねるかを競う、よくある遊びだ。
何投かしたころだろうか、

(`o´)コラ~ッ!!という怒号とともに血相を変えた50代くらいのオッサンが河原の大きな石を持って、
俺たちに向かって走ってくるではないか!

あの大きな石で俺たちの頭をカチ割るつもりなんだろう

こいつはマジキチか?ぶっ殺されるわ!!

尋常ではない殺気と迫りくる身の危険に焦った俺たちは、その場から脱兎のごとく逃げ出した。
逃走しながら振り返ると、そのオヤジは追いかけることをあきらめたのか、
石を抱えたまま、また川原へと戻っていった。

い、今のはなんだったんだ? 石を投げてなんであんなに怒ってるんだ?
思わず顔を見合わせる俺たち。

石投げをしていなかった度胸がある1人の奴が、その親父のところに行って、なんなんだよ?
と文句を言いに行ったら、釣りしているのに邪魔されてつい怒ってしまった。
やりすぎたから、謝っておいてくれと言われたとのことだった。

戻ってきたそいつにそれを告げられて、河川を見ると釣り竿がいくつか仕掛けてあることに気づいた。

俺たちが石を投げたので、魚が逃げてしまって釣りにならないので、
それで爆発したのだ。

まだ若かった俺は、だけど、ここはそのおっさん専用の河川敷じゃないよな。
公共の場所じゃねえか。
なんで、怒られなきゃなんないんだよ。
と、どこか釈然としない気持ちのまま、俺たちはそこから引き上げたのだった。

ホームで鉄道を撮影する人の願望は、お目当ての鉄道車両のみをカメラに収めたい。
ベストショットやいい角度があるのでそれを撮りたい。
そのシャッターチャンスは限られていて一瞬が勝負。

さっきの釣り人ではないが、朝から場所を取り
セッティングをしてその瞬間に懸けて集中をしていて
それが妨げられて、準備してきたのに思い通りに行かなくてあー!もう!と激昂するのだと思う。
三脚まで持参をして撮影をするような人は、半ばプロみたいなもので職人気質でもある。

例えるなら、グラビアアイドルのベストショット いい表情をする千差一隅のチャンスを逃さんと
撮ることに集中しているプロカメラマンの心境といってもいいだろうか。

さっきの釣り人ではないけど、ただそこに熱中していて馬鹿になっていて必死なのだ。

だったら、公共の場所でやるなよ。
マナーを守れよって話であって、肯定的なことは一切レスするつもりはないんだけど、
異次元の気違いみたいな論調が多くて、それだけは残念な話で、
ただただ純粋にベストショットを撮りたいがゆえ
そこを追求したらこうなってしまいましたの根は純粋で馬鹿な連中。

それにはそういった背景があるということを、ちょっとだけ理解してもらえたらとは思う。
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by masa3406 | 2013-02-24 02:57

ダイ・ハード・ラスト・デイ

日曜日に大学時代の友人にうまいラーメンを食べに行かないかと誘われたので、
帰りに14日に上映が始まったダイ・ハード5
ダイ・ハード・ラスト・デイ を観に行かないと誘ったら、OKしてくれたので観に行った。
俺はダイ・ハードはパート1から見ているのだが、邦題のラスト・デイは完結編なんだろうな
と受け取り、これはぜひ見ねばと思い立ったわけだった。

ダイ・ハードは、毎作上映時間はそこそこ長いので、あらかじめ上映時刻を調べたのだが、
妙に上映時間が小刻みなことに違和感を覚えた。
きっと、流行りの映画なのでいくつかの部屋で同時上映でもしているのだろう。
そう思った。

食べたラーメンは、過去に味わったような味でわざわざ行くまでもなく期待はずれだった。

そのまま車で映画館が入っている、日曜日で家族連れで混んでいる
ショッピングセンターへと向かった。

通路を歩き端のにある映画のチケット売り場に着くと、あと10分で上映時間とのこと。
封切られて初めての日曜日ということもありほぼ満席だった。
席は前の方しか空いてなかったのだが、
これが池袋 新宿 渋谷だったらこうもいかなかっただろう。
こんなギリギリに来て、待たずに観れるのだからラッキーと思おう。

若いカップルばかりと思いきや、
客層は、思いのほか50代60代の年齢が高めの人も多いことに気づく。
60代の夫婦らしき人たちも何組もいる。

日本で上映されたパート1は1989年なので、
その時に見た人がそのまま年齢が上がっているのだろう。
それだけ歴史があり、幅広い年齢層に愛されてきたシリーズなのだ。

席は前から5列目くらいで、こんな前で見るのは生まれて初めてのことだ。
俺たちの席が最前列だ。
映画館は、通常前の席から後ろの席へとなだらかな段になって上がっているが、
見やすいベストポジションはちょうど中腹の真ん中付近だ。

すなわち、演劇やライブや野球観戦ならかぶりつきの席だが、
映画だと実に最悪なポジションだ。

なにしろ間近で見るスクリーンの大きさが尋常じゃない。
人物の顔が、顔だけ抜いた寄り過ぎのカメラみたいだ。
常にドアップ状態かつスクリーンの面積が広くて違和感が半端ではない。

PCの画面なら、サイズを小さくするところで、
「テレビを見るときは部屋を明るくしてできるだけテレビから離れて見ましょう」に反して
できるだけテレビの画面に近づいて見ているような感覚だ。

長い映画の宣伝が終わって、いよいよ本編が始まると、
ひと目で全体のサイズを見ることが不可能なので、
字幕が下の部分に出るので、一度字幕を見てから上の絵を見ないと
ならないことに気づく。

字幕を見ると、字幕しか見れないのだ。
これは不便だ・・・。
出るたびに目を字幕→上の画像と上下に動かさねばならずに大忙しだ。

スマホに例えるなら、5インチでサイズが大きすぎて、画面操作に下の物理キーに指が届かない状態
といったらいいだろうか。

あれ?なにか例えが変だ・・・

対象物があまりにも大きすぎて、目で見える画角に収まらないのだ。
こういう経験もあまりなく妙な感覚でもある。

そこで、どうしたものかと考えた俺は、椅子に浅く座りそっくり返ったような体制に固定をして、
それで字幕と画面となんとか一緒に見れるようにすることに成功した。
しかし、この姿勢で長時間見るのが辛い。

内容は大味で説明をするまでもない馬鹿馬鹿しさなので割愛するが、
今回の舞台はロシアで、CIAの諜報員である暗殺をしようとして逮捕された息子の身柄を引受に
ブールースウィルスがモスクワに赴いたところから始まり、
飛び入りで息子の任務を助けることになっていく、
親子で共闘してアクションを行って敵を倒すストーリーだ。

ずばりテーマは親子愛で、敵も親子で互いに親子タッグ対決だ。

のっけからド派手な爆発シーンやらカーチェイスやら
アクションシーンが展開されていき、息をつかせない実にわかりやすい大味な展開だ。

前作もそうだったのだが、最近のダイ・ハードはどれだけアクションシーンをダイナミックに映すかに
こだわっていて、それがストーリーを追い越して独り歩きしていて、エスカレートしているように見る。

いらないことに大金を使いすぎているんじゃないだろうか。
あくまでもストーリメインで、そこにアクションを組み込んでいっている気がしない。
大きなアクションシーンがまずメインディッシュで、そこにストーリーがはさまれているようにすら感じてしまう。

ブルースウィルスも息子も一発即死状態のアクション場面が最後までかず数えられないほどに続き、
どんなに高いところから落ちても、熱風に吹き飛ばされてもカスリ傷程度しか負わない連続には、
心の中で突っ込むことすらもはや野暮で、これは人間マクレーン刑事ではなく
中身は絶対に壊れないマシンか不死身のターミネーターということで納得することにした。

最後の決闘の地であるチェルノブイリでは、防護服も着ないまま原子力施設に
乗り込んでいくシーンや、敵が持ち込んだ放射能中和ガスをひとたび放てば、
たちどころに放射能の数値が下がっていき、もう大丈夫と敵が防護服を脱ぐ馬鹿馬鹿しい
ご都合主義は、ギャグ漫画状態だ。

そして、一番驚かされたのはいつもなら2時間30分は上映されていた映画自体が、
なんとたったの1時間30分で終了してしまったことだ。
洋画で1時間30分しかない映画は珍しいのではないだろうか。

これまでのダイ・ハードなら、全体的に大きな死闘が3つはあるのだが、
それが予算削減によるものなのか、何かは謎であるが今作は最初と最後で終わりと
短縮されていた。

また、いつものマクレーン刑事が、なんで俺はいつもついていないんだ。
こんな目に遭うんだと途中ピンチになった時に泣き言を言う、
いわゆるダイ・ハードシリーズ伝統の人間臭いシーンが、なかったのも実に物足りないものであった。

そして、今回はダイ・ハード・ラスト・デイとタイトルでうたっているのだが、
最後までどこにもこれで最終作を匂わす場面も説明もなく、
まだまだ続くことを予感させるもので、これも想定外であった。

とまあ、今作は今までのファンにはがっかりな内容で、
前作といいどんどんつまらなくなっていくのが残念なところだ。
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by masa3406 | 2013-02-20 20:00

あの時の笑顔をもう一度

以前の職場で仲間だった人と、今でも数人交流をしているのだけど、
その中でもとりわけ仲良しなのがHさんだ。
Hさんは、高校時代部活でラグビーをやっていた人で、九州出身で
ガッシリとした体格でとても熱い人だ。
昔は血の気が多かったらしく、喧嘩で警察のお世話になったこともあるらしい。
曲がったことが嫌いなときに頑固な熱血漢で、同時に非常に繊細かつ気配りが細やかな人だ。

どんなきっかけで仲良くなったかは、俺はよく覚えていないのだが、
俺のことを礼儀正しくて気を遣う人だと思っていたそうだ。

そんなHさんが俺に象徴的なことを言っていたのだが、

一般的に礼儀正しい人ほど、実はそのソフトな外面とは裏腹に
内面が短気だったり、人付き合いにおいてストレスを抱えやすいんだそうだ。

それだけ礼儀正しかったり気を遣うということは、裏を返すと他人の自分に対する接し方や言葉。
気遣いの有無など些細なことにも敏感に気づくわけで、
それだけに、些細なことで内面で腹が立つことが多いんだそうだ。

だから、この人は腰が低く礼儀正しいから恐くないやとなめていたり、扱いを軽んじていると、
実は人一倍烈火のごとく腹を立てていたりすることがあるものらしい。

Hさんとは、家が偶然近所だったこともあり、去年職場が一緒だったときは、帰りに数え切れないほど
駅の周辺で飲んだものだ。
一緒に飲みに行くと、Hさんはとにかくビールをよく飲む。
そのピッチたるや尋常ではなく早く、俺の倍のペースでビールをあたかも水でも飲むかのように消費していく。
同時に2本注文して1本をあっという間に飲み干すこともあるほどだ。
彼は非常にトイレも近いので、飲んでは出して飲んでは出してを繰り返しているようなものだ。
そんなだから、Hさんと飲む時は飲み放題がある居酒屋に行くことを常としている。

前は大きな商社でバリバリ仕事をして活躍していたらしく、話していてもとても聡明な人で、
いろんなことによく気づく人だ。
でも、一緒に仕事をしていた時も妙に粘りがなくすっぱりとあきらめが良いところや
今日は休んじゃおうと思うとたまに会社を休むところとか、
人間臭い弱さも兼ね備えていて、そんなHさんが俺はとても好きだ。

俺も弱く自分に甘いので、そんな人柄に触れてホッとするのだ。
これがガチガチに厳しい人だと、息苦しく窮屈でとても付き合えたもんじゃない。

そんなHさんと今でも交流は続いているのだが、一緒に働いていた時と比べると
エネルギッシュなHさんが、最近どこか元気なく感じるのだ。
背中も寂しげに感じる。

職場で一緒だった当時Hさんには、もう10年以上も付き合っていた子持ちの彼女がいて、
その彼女の家とは家族ぐるみの付き合いをしていた。
頻繁に互いの家を行き来して、夕飯を作ったりすることもあるらしく、よくその話を俺にしていたものだ。

Hさんは、これまで付き合ってきた人間関係の中でも珍しいほどに
非常にマメで面倒見が良いところがあって、彼女や子供は生活の上で
様々な細かなサポートを受けていたように思う。
偶然、街で一緒に歩いている時にその彼女に遭遇して挨拶をしたこともあるのだが、
スリムでとてもきれいな人だったことを覚えている。

Hさんも彼女も、お互いにもういい年齢なのだが、それなりに大きい子供がいることでそれだけ長い
年月付き合っていて、結婚には至っていなかったらしい。

当時、よくその子供の教育面で
その子がなまけもので、ぐうたらでどうしようもない。とよくHさんが愚痴をこぼしていた。
ラグビー部でキャプテンまでつとめたHさんには、
身内同然の人間が目の前のことに頑張らないことを、きっと許せないのだろう。

俺は、子供はある程度以上の年齢になれば、
自由に考えたり行動をしたい感性や個性があるので、いくら押し付けても
思い通りにはならないし、思うようには育たないものだと思っている。

自分がそうだったし、結局、何かをやるもやらないも本人のやる気や思い。
自覚の問題で本人次第なのだ。

やる子は黙っていてもきちっとして頑張るし、やらない子はいくら尻を叩いてもやらないもので、
牛を水飲み場に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない。とはよく言ったものだと思う。

これはなにも子供だけに限ったことではなく、頑張ったり努力できるのも才能のうちなのだ。
また、その何かをする時に原動力として重要になる集中力の有無も大きい。

でも、Hさんはそのあまりにも熱い性格がゆえか1度気にしてしまうとか、
間違っていると思うとそれを器用には流せないのだ。

母親である彼女は、自分の子供のことを父親のように口出されることに
プライドが傷つき我慢がならなかったのだろう。

ある日、子供のしつけの問題でHさんはこれまで積もり積もったものを爆発させて、
彼女と大喧嘩をしてしまい、そのことが原因で
夫婦といってもいいほどの年月を経てきた長年の関係に終止符を打ってしまったのだ。

その直後は、俺にもHさんは仕方ない。俺は許せなかったとかすっぱり割り切っている様子にも見えたのだが、ショックで一時は飯を食べれないほどまで落ち込んでいたことや、
今もものすごく引きずっていることを最近になって知ることとなる。

最近飲んだ時に、彼女の夢を見た話をしているさみしそうなHさんの表情を見て、
Hさんの生活は、彼女の存在があることで安定が保たれていたんだなと
あらためて気づかされた。
Hさんはプライドも節度がある人なので、家に強引に会いに行ったりするタイプではない。
それだけに、そのもどかしさがこちらに伝わってくるのだ。

俺は、これまでにHさんからは感謝してもし足りないほどの世話になってきたし、
公私ともに面倒を見てもらってきた。
俺がHさんになにか返せるとしたら、それはなんだろうか?と考えてみた。
Hさんにとってなにが一番喜ぶだろうかと。

俺は、本来は男女の事には口を挟まないし干渉もしないタチだ。
今まではそれが野暮な事だと思ってきたが、
Hさんのためになんとかしたいという気持ちになった。

もう一度、あの頃の幸せそうなHさんに戻ってもらいたい。
それがせめて俺ができる恩返しだ。

彼女にとっては、それは迷惑なことかもしれないが、
ここはHさんと彼女がもう一度話し合うチャンスを
共通の人を通じて与えてもらうべく動こうと思っている。

10年以上も付き合ってきた仲だし、別れの原因は彼女の事でもない。
お互いに憎み合って別れたわけでもないだろう。

それだけに、まだ芽があるんじゃないかと客観的に見て思うのだ。

もし話し合って元鞘に戻れる可能性が、数%でもあるのならば俺はそこに懸けたいと思う。
今のHさんを見ていると、このままだと何年引きずるかわかったものではない。
これ以上、見ていられない気がする。

たとえそれがかなわなくても、Hさんには納得する話し合いをしてもらって
ラガーマン精神で完全燃焼してもらいたいのだ。

というわけで、ここは頑張ってみるつもりだ。
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by masa3406 | 2013-02-10 09:41

バー

仕事でとある駅に行ったので、帰りに駅の近くで
俺が留年していた時の学年の同級生が経営しているバーにフラリと寄ってみようと思った。
そこは彼が大学を中退して、老舗のバーで何年も修行した後に独立した店だった。

ここはメニューがなく、そいつが常連になるとニーズを覚えていて、
その客の好みに合ったカクテルを作ってくれる。
雰囲気も照明が暗めで大人の落ち着いた雰囲気で、本格的なカクテルを飲ませてくれる店だ。
つまみの類は一切置いていない。

生ビールと焼き鳥やモツの煮込みなどの庶民的なつまみが大好きな、
飲みながら食べる型の俺にとっては、家から遠いこともあるが、ここになかなか来る機会がない。

久方ぶりに駅から程近い半地下にある店に着くと、以前から変わらないカウンターに立つ彼の姿が見えて
懐かしい気持ちになった。
時間はまだ7時頃と早かったせいか、カウンターに座るお客さんは1人しか見えない。
この早い時間帯なら彼と色々話せそうだ。

薄暗い照明の店内によお!久しぶり!と勢いよく入ると 
○○さん!お久しぶり!と彼がそれに応じた。
開口一番になんか疲れてるでしょ?
と言われる。

昨日も会社の近くで同級生と昼飯を食べた時に同じことを言われたけど、
自分では、特に疲れている意識はないのだが、
俺の顔はそんなに疲れているんだろうか。
この暗めの照明の中で俺の顔色までわかるんだから、さすがは普段客商売をしている人間だと感心する。

そこからは、同級生のあいつは何をしてる?最近同級生の誰と会った?という
俺がいま一番聞きたい質問を矢継ぎ早に彼に投げかけた。

彼は店をやっているので、ここにいろんな同級生が顔を出していくらしく、
決まった奴とだけ付き合っている俺と違ってネットワークが広い。
俺は、都心の学校だったのに
なぜか、自然に濃い付き合いが続いているのは、
同じ下町出身の同級生。ローカルネットワークと言っていいような人間関係ばかりだ。
ここは山の手にあるせいか、俺には付き合いが途絶えた山の手系の人も多い。

東京は地方の人から見たら、地方出身の雑多な人間が集まっていると思われがちだが、
高校までの人間関係はハッキリとした、地域性や環境の似通った東京の中でも細分化された
コミュニティーの中で暮らしている事が多いものだ。
そこには東京ローカルなコミュニティーが存在するのだ。

みな地域地域の育ってきたノリや共通の空気感があり、各々地元意識が有り
その近しい人間同士が引き合って交遊することが多いものだ。
もちろん育ちやバックグラウンドは無関係ではなく、
まあ、帰る方向が同じで一緒に帰る頻度が高いことも原因の1つとしてはあるのだろうが。

卒業後の俺は、より下町の人間になっていると言ってもいいかもしれない。

彼の口から出てくる名前 出てくる名前、非常に懐かしい。
卒業以降か浪人時代以降会っていない奴ばかりだ。

俺は留年してこの学年に落ちて来てからは、非常にこの学年によく溶け込んでいたし、
当時、よくそれをみんなから言われたものだ。
しかし、あんなにいろんな奴と仲良くしていたのに、大学で地方に行ってからは、
全く遊ぶこともなくなり、いつしか交流が一部以外とは途絶えていた。

いつも学校の帰り一緒に帰ったり、たまに集まって遊んでいたグループとも、
今は交流がなくなっていて、彼らの動向も知らなかった。
俺の場合は、留年してこの学年に落ちていたので、
卒業してからは、小学校から一緒だった元の学年の奴の付き合いの方が、
メインになったのもあるとは思う。

俺はその時代は非常に楽しかったので、会うことがなくなったみんなとの交友関係を
『過去』として意識的に扱い、忘却の彼方に置いたわけではなかった。

むしろ、みんなと和気藹々と楽しく、とても幸せな時期だったと言ってもいいかもしれない。
ただ、なんとなく会っていなかったし、特に積極的に連絡先を聞いてという熱意はないけど、
いつか機会があれば会いたいものだなぁ。と心の片隅では思ってはいた。

彼の口から出てくる名前に おお!今はどうしているんだ?と1人1人聞いていくと
底抜けに明るいムードメーカー的な存在だった奴が、実はここ何年も引きこもっていた話や
同級生が実は薬で捕まっていた話や、事業で失敗してあわや自殺まで追い込まれた同級生が
いたことを聞いた。
それらには意外すぎて、驚いてばかりだ。

反面、検事になった奴や有名な医師や弁護士になってバリバリ働いている奴、
獣医や歯医者を開業している奴
有名企業に勤める人間もたくさんいて、進学校だっただけに
その後も社会で活躍をして優秀な人生を歩んでいる人間も多いようだ。
俺が仲良くしていたやつも、有名な新聞社や有名な商社に勤めているらしかった。
確かに俺みたいなどうしようもない奴は少数であろう。

俺のもともといた学年もそうなのだが、最近はみんなSNSを用いた交流が活発化していて、
そこで近況報告をしたり、同級生で集まったりよくしているんだそうだ。

あれ?俺は集まりに全然呼ばれてねえぞ。と言うと
○○さんもフェイスブックをやりなよ。
みんな○○さんの連絡先がわからないんだよ。と言われた。

フェイスブックやりなよ。
これは最近人によく言われることだ。

実はフェイスブックは、名前で登録することが多いことを聞いていて、
親しくない奴まで近況を知られたりするのも、
どうも面倒くさいなと以前から抵抗感を持っていて、
それで俺は気が進まずにやっていなかったのだった。

もともと俺は、ネットで匿名でなくなれ合うのが苦手で、ミクシーもすぐにやめてしまったくらいだ。
知った者同士だと、自ずと無難なコメントしかできなくなるのが、
そこはかとなく俺には苦しい。
お約束の展開の予定調和的な、プロレスでもしているような気分だ。

俺はプロレスではなくガチがしたい。

ああいう周知の環境だと、俺が例えばここのように本当に自分が思っているような、
本音が書けないので、なんとも居心地が悪いのだ。

また、あれが始まるのかと思ったら、どうにもこうにも敷居が高い。

俺があまり乗ってこない様子を見て取ったのか、
そいつが そうだ!○○さん いまここで電話番号書いて行ってよ。
同級生が来た時にここから電話するよ。と紙を手渡され携帯番号を書かされる。

話している途中に、彼が雇っているバイトの人が出勤してきてカウンターに入って、
ほかのお客さんの対応はしていたものの、
さらに常連客風の人が何人か入ってきたので、
いつまでも俺が独占しちゃうと悪いなとここでお暇することにした。

彼が丁寧に外までお見送りに来てくれる。
彼はいつも、こうして外まで見送りに来る。
接客も出すぎず程よい距離感で、店がカクテルの腕以外でも続いているのがわかる気がした。
とくに女のお客さんには、その話を聞いてくれるやわらかい雰囲気がいいと思う。

高校時代は、いつもダルそうに授業中寝てたり、普段の立ち振る舞いも
重力に負けたアンニュイな雰囲気を持っていた彼を見て、
こいつは絶対に将来サラリーマンにはならなさそうだと思っていたのだが、
こうして天職とも言える仕事を見つけて、仕事を全うしているのだから大したものだ。

帰宅して夜中の24時頃に見慣れない着信番号から電話が鳴った。
なんだろうと出てみると、それは仲良くしていたグループの奴だった。
たまたま同級生の店にいま来ているらしく
すぐに俺の話になりかけてきてくれたらしい。

最初はやけに敬語なそいつに、懐かしくて昔のあだ名で何回も俺は呼んだ。
今は結婚して子供もいるらしい。
今でもそのグループとよく集まっているんだそうで、
ぜひ来てくださいよ!
それじゃあさっそく企画しますから。と予定を立てられてしまった。

軽い気持ちでバーに立ち寄ったら、思いがけない展開になってしまったようだ。
こういうのも何かの縁なんだろう。
今年は、決まった交友から出て、また昔のように同級生と付き合っていこうと思う。
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by masa3406 | 2013-02-09 09:56