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再びインフルエンザに

またインフルエンザになってしまった。
今回も外出時に喉が痛くて寒気がするなと思って、家に帰ってから体温計を計ると
最初は37.4度くらいだったのだが、ここから急上昇して39度も熱が出た。

前回と症状が似ているのと、ここまで熱が出るのはインフルエンザしかない。
前回がB型だったので今回はA型なのだろうか。
冬から春の1シーズンに2回もインフルエンザになるのは、初めてのことでついてない。
通常、1回なれば抗体ができるので、ふたたびインフルエンザになることはないのだが、
また別の種類のにかかったということだろう。

それから、寝ても寝ても38度あたりから頑固に下がらなくて悪寒がし、
風邪薬を飲んだらようやく熱は下がったものの、喉の痛みと痰が出るのは断続的に続いていて、
今度は声がハスキーに枯れてきて、
寝て起きたらなんと声が出なくなっているではないか。

声を出そうとしても喉仏が振動せずに、喉仏がスカスカ感がして声にならない。
そこをむりに出そうとしても、ダース・ベイダー のようにヒーヒー声ならぬ声が出てくるだけだ。
喉仏が振動せずに機能していない感じだ。

ひとり暮らしであるのと、インフルエンザだと5日は他人にうつすので人と会ってはいけないので、
声が出ないことに不自由は感じないけど奇妙な感覚だ。

喉の痛みはなかなか引かないし、前回のインフルエンザよりも今回のはやっかいな感じだ。
インフルエンザの菌おそるべしである。
どれくらい経てば声が出るようになるのか、少々不安だ。
早く話せるようになりたいものだ。

話は変わるのだが、
ジム仲間が会長の方針を巡って紛糾しやがてほかのジムに移籍希望へと発展し、
会長ともめているのを人づてに聞いていた。

両者の主張は互いに相いれず物別れに終わり、
感情的になった会長の移籍先探しへの妨害や、
今後の選手活動のなかでの試合出場の制限などの
ゴタゴタにすっかり嫌になった彼は、田舎に帰ることを決意したことを聞いた。

こんなことで彼の夢が絶たれてしまうとは、なんてかわいそうなことだと俺は思った。

この格闘技の世界は、閉鎖的な世界がゆえの悪しき慣習でジムの移籍を巡ってごたごたになり、それで干されてしまったり
引退を余儀なくされることは、たまに聞く話でもある。

芸能人が在籍している事務所を出て独立ないしはほかの事務所に移籍しようとした時に
よく1年間は芸能活動自粛を余儀なくされたり、なんらかの圧力で芸能界から干されて消えてしまうことがあるけど、あれと同じようなものだ。
一般社会で、会社を辞めて転職するのとは違って、なかなかすんなりいかない閉鎖的な社会なのだ。

ヤクザが経営していたり、後援にヤクザがいるジムなんかは、その手の問題で出てきて
圧力をかけられて面倒なことになることもある。
それで移籍もできなかったり試合に出れなくて引退同然になってしまう選手もいる。
あの魔裟斗選手でも、kー1の始まる前に所属する団体から出ようとしたら、
業界から干されてしまったことがあったほどだ。

今回のケースは、方針を巡っての移籍希望なので会長が彼をリリースしてあげないのは、
自分の練習方針に従わなかったことに対する会長のつまらない大人のメンツだと思う。
そこに少しでも愛情があれば、1人の若者の未来とか夢を考えて解放してやるのが大人の取るべき選択だと思う。

でも、会長にとっては1人の若者の将来を考える大人としての愛情ではなく、
自分に方針を受け入れなかったことへの怒りや、彼に自分のメンツ示してプライドを保つことのが大切なようだ。

なんとまあ、器の小さい大人だろうか。

ときに自分の主義主張を引っ込めて折れてやるとか引いてやる柔軟性もあってこそが、
大人だと思うのだ。
そこで若者相手にムキになって押し通そうとするのは、いささか子供じみた行為だ。

こんなことで選手生命を絶たれてしまうのは、理不尽かつ残念でならない限りだ。
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by masa3406 | 2014-04-27 08:28

部屋探し

仲間の試合の応援に行ったのだが元気をもらおうと思っていたのだけど
惜しくも負けてしまった。
仲間の晴れ姿を見て、さあ俺も頑張るぞと元気をもらう青写真を描いていただけに、
得られなかった反動は大きく、帰り道にどっと疲れを感じた。
理不尽すぎるわ

落ち込むなあ。。。

人生、うまくいかないのはせめて俺だけにしてもらいたいものだ。
祝勝会が・・・・。

引越し先を探すために重い腰を上げながら、休みの日に不動産屋を訪れて内見をさせてもらっているのだが、この時期は就職、転職、就学シーズンの直後。

大きな国道沿いだったり、
線路沿いだったりとなんかしらの難がある物件が多くて、なかなかここはと思う
良い物件には巡り会えない。

つまりは残りカスの物件だ。
残り物には福はない。

でも最終的に来月からは地元に帰ることになりそうだ。

いまさらほかの土地で新たな生活を始めるのは面倒臭くて足が向かないのと、
慣れ親しんだ空気と土地である地元で原点回帰をしたいとの思いがあるからだ。

友人から色々と部屋探しのアドバイスをもらい、
物件を色々見させて貰って比較をして思ったことは、俺が今住んでいる部屋は1Kなのだが、
面積が15㎡しかなく、これは1Kでもかなり狭い部類に入る部屋であることが、
いまさらながらにして判明した。

その狭い面積の中に、玄関、台所、押入れ、ユニットバスとすべて収まっているので、
実質的な生活スペースはかなり狭い。
日常的に狭い狭いと窮屈な思いをしていたわけだ。

さらに、家の素材は大まかに分けて鉄筋 鉄骨 軽量鉄骨 木造とあるなかで、
軽量鉄骨であり音が響いて、横の階段を登る音がドンドン響いたり、
隣の家に訪ねてきた訪問員の会話が聞こえてきたりと、
薄っぺら感がすることこの上ない。

よくこんなひどい家に住んでいたものだ。
調べないで、なんとなく急いで決めてしまった安直さを今更ながらに後悔した。
探すと今の家賃に+1万円~1・5万円くらいで、鉄筋でまるで違うクオリティの物件はいくらでもあることに気づく。

なんで俺は、こんなひどい家に住んでいたんだろう。
調べることを怠った情報弱者とは罪である。

この糞の部屋ともあと半月でオサラバだ。

今度こそ、妥協しないで期限ギリギリまで探し歩こうと思う。
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by masa3406 | 2014-04-16 07:52

ラーメンの鬼 佐野実氏

TBSの番組のガチンコラーメン道でも知られる
ラーメンの支那そばやの佐野実氏が糖尿病で亡くなったニュースを見た

かなり前に当時あった、彼の営む店の神奈川県の鵠沼にあった本店に友人と行ったことがあった。
そこは今ほどのラーメンブームではなかった時代に
閑静な住宅街にあるのにかなりの行列ができるほどの美味いラーメン屋として有名な店だった。

その店には別の側面があり、当時、コワモテで知られる佐野実氏による

私語は厳禁。強い香水をつけての入店はお断り。携帯も禁止。

もし私語がうるさいようなもんなら
佐野実氏ににらみつけられながら即座に店から追い出されるという、
俺ルールのある怖い店としても有名な店でもあった。

当時、俺たちはその店の味と雰囲気はいったいどんなものだろうかという単純な好奇心で訪れたのだ。

到着すると住宅街の中にある店に行列が出来ていて、どれくらい待ったのかは忘れたけれど
ようやく中に入るとお弟子さんらしき2人がコの字型のカウンターの中の
厨房で調理をしているものの残念ながら肝心のお目当ての佐野実氏の姿はなかった。
当時、出店したばかりのラーメン博物館にすでに佐野氏はかかりっきりで、こちらの店は弟子達に任せていたようだ。

ただ、壁には 静かに!との大きな文字が書いた紙が貼られていて、
店内は満席にもかかわらず誰一人として会話をする者もなく、
お弟子さんたちも無表情で会話をすることもなく、黙々とラーメンを作り続けていて
店内が調理する音のみでシーンと静まり返っていて、
なにも悪いことをしていないのに
なにか怒られるのを誰もが恐れているかのようなピリピリと張り詰めた
異様な店内の空気だったことを今でも記憶している。

佐野実氏がいなくても、この静寂の緊張感がある異様な雰囲気なのに
ここにいたらいったいどんな雰囲気なのだろうかと思うほどで、
友達と話すときも主はいないのに怖い先生の授業中のように
ビビリながら声を潜めてヒソヒソ話をした。

麺を湯切りする音と客のスープをすする音のみが聞こえてきて、
これじゃあラーメン屋というよりも怖い師範代がいる道場みたいだとおもった。

味の方はあっさりした醤油のスープだけど、佐野実氏がこだわり抜いた食材が凝縮したお上品な
深みがあるコクがあって、弾力のあるつるつるした麺との調和も取れていてジャンクな味というよりは
しっかりと出汁を取った上品な一杯だった。

なぜこだわりぬいたと思ったかというと、店内に使用しているのは○○産の卵だとか
○○の塩だとか能書きが書いてあったからだ。

ラーメンを食べて出てきたときは、遠慮なく友達とちゃんと声を出して会話ができることに
ホッとしたのを覚えている。

後に、佐野氏が常連の飲食店で働いている女性と知り合い、彼はテレビの怖い頑固親父のイメージとは違ってやさしい人で店に長居をして飲み続けるほどの大酒飲みであることを知った。

だから、たぶん俺の親友のように酒も原因の早死にだったように推測する。

その後は、ラーメン博物館内で館内に出店しているお店の麺を打つ姿で
遠目に何度もお見かけしたことはあったのだが、その仏頂面のお顔はテレビのイメージそのままに
怖そうで近寄りがたく、チキンな俺は、
ついぞ近寄って佐野氏の麺打ちを見ることはできなかったのは返す返すも残念であった。

ラーメン好きの一人としても、ラーメン作りに情熱をかけた象徴的な人物の死のニュースは
とても寂しくもあり心からご冥福をお祈りしたい。

美味しいラーメンをありがとうございました
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by masa3406 | 2014-04-12 07:15