母の見舞い

夕方に自宅に車で迎えに来た親父と、一緒に入院する母のお見舞いに出かけた。

親父は、時として何かにこだわる。
韓国旅行・台湾旅行のときもそのような傾向が見られた。
途中、親父は道について俺にどの道が近いのかと質問をしつこく繰り返した。
俺は、都内の道はそれなりに詳しいものの、
そこまで最短の道を意識していないので、特に急ぐ理由もないのに
何度も聞くそのこだわり様が不思議に思えた。

親父は、近くもない病院に毎日、お見舞いに出かけているようでたいしたものだと思った。
普通、夫婦はそうなのだろうか。
俺に、誰かに同じことができるだろうか・・・。

母親の手術は成功したらしく、その時の切除した癌細胞を親父は医者に見せられたそうで
2センチくらいで大きかったよと言った。

病気とは無縁の俺でも聞いたことがある大病院に到着したころには、
まだ2月の寒い風が吹く外はすっかり暗くなり、ちょうど雨が降ってきた。
日曜日ということもあり、冬の外は人通りも少なく閑散としていた。

買ってきた見舞いの小さな花束を手に2人で建物に入ると、
警備員に取り次いでもらい真新しい病院をエレベーターで上のほうの階に上った。
通路を見ても、今までお見舞いに行ったどこの病院よりもきれいだ。

親父とともに病室に入ると、個室のベットに腰掛けて
パジャマを着て眼鏡をかけて読書をする母親の姿があった。
痩せたなあ。と思った。
友人もそうだったけど、入院をすると人は格段に痩せる。

部屋をざっと見渡しても、大きなテレビに冷蔵庫に洗面台にトイレと
ホテルとも言えなくもないほど設備が近代的で充実していて、病院の中では大層恵まれた環境だ。
どうやってこんな高そうな個室に入れたのかは知らないが、もともと1人で何かに
没頭することが好きな母親には、そう居心地が悪くはないように思えた。

母親は、入院生活で足りないものについて親父に早口にずっとしゃべっていて、
いつものよくしゃべる口やかましい母親に戻っているようだ。
大分、元気そうに見える。
親父が言うには、まだ手術で切ったところが痛いらしいが、ここではそんな様子は微塵も見せない。

ベットの前には見舞い客用の丸椅子があり、親父に座れと言われるが正対することが気まずくて
一瞬躊躇った。
親父は、母親のリクエストのお茶を買いに部屋を出て行った。

急に母親と2人きりになった。

空気が気まずくなり、妙なよそよそしい空気が流れた。
本来は、手術を終えた病人に言うべきである
癌で入院していた友達にも素直に出てきた言葉が、ここでは喉が痞えたように出てこない。
また、これまで病気の事は何一つとして本人と話していないのに、
1足飛びに経過を聞くのも変だし、こうして本人を目の前にすると聞きづらいものだ。

そこで、俺は病院の部屋がなかなか良さそうだね。
あとはPCがあれば完璧だね。というような環境についての無難な話をした。

その話がひと段落してから母親は、ベットの上にある分厚い韓国の俳優の本を
読んでいるんだというような事を話した。
ハン流好きな母親は、今はそれが1番の楽しみなのだろう。

そこから、今上映している映画。あしたのジョーを見たのかとなぜか聞かれた。
なぜ、病室で開口一番に息子にする話題が、あしたのジョーなのだろうか?
俺は、格闘技が好きだからきっと見ているだろうと思って
質問したのだろうか。

めざましテレビで、主演の山下智久と伊勢谷友介が
映画を撮るにあたりリアリティーを持たせるために過酷な減量を行ったニュースをやっていて
それで知った程度で、俺はその映画については何も知らなかった。

他には上映記者発表か何かで山ピーが、バタバタしたミット打ちを見せていて
センスがあったキッズリターンの安藤政信と比べると、
この人、あんまりボクシングセンスがないなあと思った印象くらいだった。
俺は、演技以前にどうしても細かいボクシング的な動きができているかどうかに目が向いてしまい、
ぶっちゃけそれを見ただけで、あまり期待をしていなかったのだ。

山ピーがとうれしそうに語り始めた母親は、きっと山ピーこと山下智久が好きで
ちょっとしたファンなのかもしれないと察知した俺は、
山ピーはストイックに過酷な減量をして、素晴らしい体を作り上げたようで
プロ意識があり、イケ面だし本当にたいしたものだとヨイショしておいた。
実際、俺は山ぴーについて何も知らないのにだ。

なぜファンでも何でもない俺が、病室で山ピーについて
絶賛しているのかわからなかったけど、とりあえず母親はうれしそうだった。

退院して落ち着いたら、親父とあしたのジョー見に行ってくればいいじゃん。
とつけ加えた。

そんな不思議な会話を数分間していると、親父が戻ってきて
そろそろ帰るかということになり、俺は内心ほっとした。
それ以上は、特に話すことはなかったからだ。

部屋を出るときに母親は、今日はありがとう。と言った。

それから、親父と鍋を食べに行き
数日後に母親が退院をした事を親父のメールで知った。

以上、俺が、癌になったことで入院をした母親との接点はたったのこれだけだった。
だが、自分なりに今はそれでよかったと思っている。
by masa3406 | 2011-02-28 05:57


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