親友との約束

以前にもブログで書いた、肝臓癌を患い肝硬変の末期の友達に2月だかに
彼の自宅に泊まりに行って以来電話をしてみた。

俺もそのあとは仕事で忙しかったり、地震なんかで浮足立っていたこともあり
言い訳にはなるが、元気そうだからと連絡を怠っていたのだ。
泊まりに行った時は、元気そうで元シェフだった腕を奮い、
俺のためにさすがはプロの腕だとうならせるほどの
フレンチの牛スジ肉の煮込みを作ってくれていた。

その日は、出された美味しい酒を飲み彼の家で夜更けまで色々と話したが、
食欲もありとても饒舌に会話をして元気そうだった。
夜中に一緒にラーメンを食べにも行ったけど、彼は唐揚げとともに元気そうに完食していたし
普通の健康な人となんら変わりはなく見えた。
以前、健康な時に遊びに行った時ともまったく変わらない彼だった。

数か月ぶりの電話越しの友人の声は、その時とは違ってどこか落ちている時の声だ。
声にも力強さがなく弱弱しく聞こえる。
さりげなく体調や近況を聞いてみたわけだが、
ここ最近は体調が再び芳しくないそうで、彼は自営なのだが
家でPCで仕事をする以外の時間は、ほとんど寝床にいるのだそうだ。
日常的にとにかく眠たいのだそうで、食欲も無く医者から処方されている栄養剤が入った
ドリンク以外は何も食べる気も起らないという。

彼は、とても美食家で酒のつまみの類を食べることが
何よりも大好きな人間だったのに、これは異常事態だ。
らしくない。

そんな生活を日々自宅で送りながらも、
俺はダメ人間なんじゃないかと時おり鬱な気分にも襲われるらしく、
今まで考えたこともなかったけど、うつ病の人の気持ちがわかるような気がするのだと言う。

外食にも全く行かないどころか、今は電車に乗って外出することすら億劫だとまで言う。

そうした話をしながら

俺、たぶんもう長くない気がするんだよね。
自分の体だからなんとなくわかるし。
最近、やたらと昔の夢を見るようになったんだ。

と友人はぽつりと言った。

その話を聞きながらも、長くない発言はもしかしたら
さっき話していた最近の鬱な気分が
気弱にして言わせているのではないかとも思う自分もいた。

俺は、肝臓がんや度々できる静脈瘤や胆石で入院をして退院をしたこと以外は、
具体的に今の彼の体がどのような状態なのかが分からないので、
何がどのように悪いのかがわからないでいた。
どこか具体的に吐き気がするとか、どこが痛いとか症状を話すわけでもないので、
彼の話からはつかみ辛いのだ。

悪くなってしまった肝臓以外は、
ある程度体調は治って回復状況にあるのか、
あるいは、何か致命的な病におかされていて、もはや手の施しようがなくて自宅にいるのか
つかめずにいた。
さすがに本人には、その核心部分は本人から話す以外は聞くわけにはいくまい。
彼も、その本質的な部分を話したくないことは、雰囲気でわかっているだけになおさらだ。

最近は寝床が一番居心地が良くて、そこで寝ている状態が一番良いのだそうだ。

これも、そのような話し方なので寝ていないとならないほどに調子が悪いのか、
眠いから寝ているのかがどうにもつかみ辛い。

だけど、そんな状態だと説明しているそばから、彼が大変贔屓にしてしている
家から1時間以上もかけて通っていたモツ焼き屋だけは、
以前と同じような調子で
一緒に行きたいと何度もさっきまでとは、打って変って矛盾するようなことを言い出す友人。
あれ?食欲がないんじゃなかったの?・・。

話はそれだけにとどまらず、その後で一緒に行った魚の美味い居酒屋も
はしごをしたいとまで言い、近いうちにと念まで押す始末だ。

その時は、以前と変わりはない声だし
ますます、どこまでが元気でどこがどう調子が悪いのかが、俺にはつかみきれずにいた。
2月に泊まりに行った時は、元気そのもので仕事の話も楽しそうにしていただけに、
途中から俺は、電話越しの彼をその時の元気な彼のイメージに
電話をかける前から再び戻して会話をしていたのだ。

それからは、彼の奥さんが仕事を辞めて独立するのでそれを心配している話とか、
昔の浮気相手の女の思い出話。
以前、一緒に遊んだ時の話なんかを懐かしそうに彼は話し続けた。

その時は、気にならなかったのだが、
普通友人との会話は、『これから』や近況などの『今』に関する話題が多いものだが、
彼の口にする話題は、『過去の楽しかった思い出話』が多くを占めた。

その流れで、
以前、友人は千葉の自分の田舎に一緒に行こうと俺を頻繁に誘っていてくれて
一緒に行く約束をしていた事を思い出して、
それなら近いうちに行かないか?という話になった。

もしかしたら、これが本当に彼と作れる最後の思い出になるかもしれないし
これから彼になにかあった時に ああ一緒に行っておけばなと後で後悔をしたくなかったからだった。
話をしていたら、途中からは以前と全く変わりはない彼の口調に戻ったし
もしやと思って誘ってみたのだ。

これには、友人は大層に乗り気で来月早々にでも行こうと
具体的に行く場所なども挙げながらも快諾してくれた。

これなら、彼の自宅を訪れて話くらいは普通にできそうだなと思い
じゃあ、週末に顔を出すよ。ちょっと顔だけ見に行くだけで長居はしないからさ。と言うと
2月はぜひ泊まりに来てくれよ。と即答した彼が、急に歯切れ悪くなってそれが引っかかった。

その事について今日、実家に寄った時に友人と話した状況を説明して親父に聞いてみたら
それは相当に悪いね。
人間は体力が低下してくると、気力も低下してくるんだよ。
そんな時は、周りの人間は心配をして会いたがるものだけど、
本人にしてみたら会いたくなくてそっとしておいて欲しいものなんだよな。
逆に迷惑なものなんだよ。
と教えてくれた。

だから、俺が会いたがると急に歯切れが悪くなったのだろうし、
やはり、なんらかの病気が進行していて悪化をしているのかもしれない。

友人とは、じゃあ故郷に行くまでにゆっくり休んで体調を整えておいてくれ。
ぜひ行こうな。と最後に言って電話を切った。

もしかしたら、友人の最初の言葉が本当であるならば
なんらかの病気が進行して、体調が悪くて出かけたりすることはもう無理なのかもしれない。
もう長くないかもしれない。と言った友達の言葉は
鬱な気分から出た言葉ではなくて、本当なのかもしれない。

よく考えたら、電車に乗って外出をすることすら辛いのだから、
いくら車とは言え遠出なんかできるはずがないのだ。

それだけに、彼の故郷に一緒に思いで作りに行くことは、もしかしたらもう無理なのかもしれない。
だけど、仮に、出かけられなくても病人は楽しい話をすると元気になるものだと
どこか聞いた。

だから、そんな楽しい約束ができたことは良かったと思っている。
by masa3406 | 2011-05-21 22:05


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