再び同窓会

友達からメールで小学校の同窓会の誘いが来た。

今のところ決まっている参加者の名前が出ていて、
卒業以来会っていない奴も沢山いる。
若干の不安感が心の中に生じてくる。
当時は、仲良しだったもう会っていない奴も何人かいたが、
グループが違って、まったく交友がなかった人間も沢山エントリーされている。
今は知らないけど、性格的に癖がある奴もちらほらエントリーされている。
名前の一覧を見ながら、会っていまさら話が合うんだろうか?
などと思って身構えてしまう自分がいる。
たぶん、卒業後の環境も彼らとはえらい違いであろう。

俺が元いた学年は、いい奴も沢山いたけど自己主張が強くて癖がある奴も多かった。
まとまとまりがなくて、全体で見るとみんなが仲良しであったとは言えず、
派閥もあったりしてほとんど全体で集まることがない学年だった。
留年した学年が、皆が仲良しで和気藹々としていただけに余計に比較をしてしまう自分がいた。
また、俺が留年してその学年を去ってからは彼らの交友事情もよくわからないだけに
余計に遠い存在に感じる。

地域の幼稚園に通っていて、ほぼ区立の小学校に通うことが決まっていて
のほほんと過ごしていた俺が、
ある日から突然、母親がマンツーマンのスパルタで受験勉強をさせられ、
突然、私立の小学校を目指すことになった。

その期間は3ヶ月だけだったらしいのだが、母親がヒステリックで鬼婆のように怖くて、
急に友達と外でも遊べなくなって、家でも缶詰め状態で非常に嫌だった記憶が
今でも残っている。
問題を解いていて間違えたら、キレられて殴られたものだ。

わけもわからずに池袋に模擬テストを受けに
母親に連れて行かれて、いかにも普段から勉強しています。
みたいなメガネをかけた賢そうな勉強虫みたいな子供が沢山いる会場を見て、
とんでもない競争の世界に放り込まれた気がしたものだ。

受験前に親と親が受けさせる学校をいくつか見学した。
その中で、この学校はいいなあと思える学校もあった。
幸か不幸かいくつか合格できたのだが、
その中で幼心にもこの学校には行きたくないなあ。と感じたこの学校に
俺の意見を無視して親は入れた。

仲良しだった地元の友達と離れ離れになり、ランドセルを背負って電車通学になった俺は、
自分の境遇が理解できずに入学した最初は、さっぱり学校の雰囲気に馴染めなかった。

わけもわからずに短期間で即席の受験勉強をさせられて来た俺とは違い、
クラスには勉強ができる奴も沢山いた。
勉強ができる奴ら特有の、
人をからかったりみんなと同じようにできないと馬鹿にしたりする、
ずる賢く意地悪な奴が多く存在した。
競争心を持った同級生を見て、子供心にもクラスからギスギスした雰囲気を感じたのだ。

親は、私立で金持ちでおっとりとしたいい環境の学校として入れたつもりかもしれないが、
今にして思うけどこの小学校はいじめや派閥がとても多く、子供には複雑な環境でもあった。
悪い奴や、意地悪な奴おかしな奴も多く
ここではとても書くことはできない、信じられないような事件が沢山あり
いろいろな出来事があった。
他にもクラスで盗みが頻発したり、万引きが流行するとか
変に賢いだけに大人びていてやる事もタチが悪いとも言えた。
生徒だけではなく学校も当時、色々なトラブルが起きていた

事件を起こして退学になった同級生も何人もいたし、登校拒否になった奴も何人かいた。
また勉強面でも中学に上がるときに定期テストの点数のノルマがあり、
小学校から中学に上がるときに10数人もの同級生が他の学校に出て行った。
卒業式の時に、みんなと一緒に中学に上がれなくて寂しくて大泣きしていた
同級生の姿を俺は忘れない。
それは小学生心にも、とても残酷なリストラの現実だった。

幼稚園の時は大人しくて女の子とばかり一緒に遊んでいた俺が
それまでとは環境が変わったストレスからだろうか、同級生が攻撃的だからだろうか。
入学してからは、一変して攻撃的になった。

恥ずかしながら、小学生のときの俺は何か言われると短気でキレてすぐに手を出すタイプで、
途中まではすぐに暴力を奮う乱暴者で、トラブルメーカーだった。
当時から打撃の1発があったのか、1発で相手を戦意喪失させる展開が多かった。
なぜか強かったのでそれがエスカレートしたわけだ。

また明らかに意地悪で嫌な性格の奴、限定だったがいじめもしていた記憶がある。
ただ、その時に思ったのが一緒に賛同をして参加をしてきたいじめをする同級生達の目が、
普段は大人しい奴であれ、勉強ができる優等生であれ、
みな一様に意地悪な笑みを浮かべながら、サディスティックに光っていたことだ。

幼心にも、人間はいじめるのが本来は好きな生き物なのだとこの時に悟った。

これは確信していると言ってもいいほどだが、
今でも、ネットで有名人が何かを起こしたら皆でいっせいにバッシングしたり、
フジテレビの過剰な韓流押しをデモを起こすなど総攻撃をしているけど
振り上げた拳の背景にいかなる正当な主張や理由はあれど、
人間はそういった攻撃性をどこかに秘めていて、
どこかにはけ口を探していて、
本質的に何かを叩いたり、いじめることが好きなのだ。

暴力のほうは、恩師と言える担任に諭されたり
あまりにも手を出しすぎてクラスで過半数を敵に回したことや
いじめの方は担任にめちゃめちゃキレられ、次第に改心をして
俺は、みんなと楽しく仲良くする協調路線にと変わっていった。
高学年になってからは、校舎に消火器をぶちまけた以外は大した事件は起こさなかったと思う。
今ではまったく恨みはないが、この学校では本当に先生によく殴られ怒られたものだ。
部活は野球部に入ったり、陶芸部に入ったり文科系と体育会系を
行き来していた。

人生にもし?はないが、
いい奴も沢山いて本当に沢山遊んだし、楽しい事も沢山あったんだろうけど、
もし、この学校に行っていなかったら、
勉強もできなくてもできないなりにのんびり過ごせる、意地悪な奴が少ない
地元の区立でも通って身の丈の中学高校に通って、
仮の学生生活があった気がするのだ。

すなわち、ここの小学校時代は自分の過去を振り返る上では複雑な原点でもある。
もしかしたら、ココがボタンの掛け違いの始まりなのかもしれない。

今、付き合いが続いているここの同級生はなぜかほとんどが、俺と同じ下町の人間ばかりだ。
俺達は、勉強も本来はあそこに行くべき人種じゃなかったよな。
身の丈に合った区立でも行ってのんびりしたかったな。と
飲みながらそんな話になったことがあるほどだ。
別に俺らみたいのが知り合うなら、いくらでも下町の区立にいるし
交友関係や行った大学が結局これなら、背伸びをしてそんな環境に行く意味もなかったよなと。
その時は、口々に言い合った。
各々、普段は口にこそしないもののコンプレックスやココで過ごしたことで得た心の傷があるのだ。
俺達は、親の体裁や見栄のせいで人生を翻弄されたようなものだ。

卒業したら、すっかり本来の自分の環境に戻ってしまった俺には、
そんなわけで、いまさら彼らとノリや話が合うのかも不安でもある。
それらの事情や過去がからまり合い、色々な意味で『素直に』とはいかないのだ。

ただ、当時仲良かった奴も何人も参加するみたいだし、
前回別の集まりを構えて行かなかったので、
今回くらいは参加してこようかなと考え中である。
by masa3406 | 2011-08-22 05:12


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