これまでは、彼の亡骸を見ていないので、彼のことを話しながらも
生前の彼の姿を思い浮かべながらの話だった。 だが、ついにこの目で現実を受け止めないとならないときが来たのだ。 これでも随分見れるようにしたんですよ。 痩せて随分と変わってしまって。と奥さんは、 俺たちが亡骸を見る前にびっくりしないようにとの配慮なのか説明してくれた。 柩を覗くと、奥さんが言うように確かに生前の彼のイメージとは違って見えた。 それが痩せてしまったからなのか、どこがどう具体的に変わったのかは わからなかったが、肌が荒れているし最後はとても苦しかったんだろうなあ。 というのが非常に伝わってきた。 まさしく大病を患った人の遺体だった。 俺は、心の中で 今まで友達でいてくれてありがとうな。と最後の挨拶をした。 いつかまたあの世で会おうぜ。 その時は、あの世を案内してくれよな。 顔こそは穏やかだったけど、最後の入院の闘病生活はさぞかし辛かったことだろう。 もしかしたら、この状態の彼と会っていたらそれはそれで辛いものがあったのかもしれない。 柩から離れて、2人で奥さんから亡くなる直前の話を聞いていたら、不意に涙がこぼれてきた。 とにかく悲しくて悲しくて涙が止まらない。 あいつの苦しい闘病生活が伝わってきて、かわいそうでしかたなかった。 今まで生きてきて、こんな気持ちになったのは初めてだったし、 あまり感情を見せない俺が、人前で泣いたのはこれが初めてのことだった。 今まで俺にとって、悲しさや悔しさで泣いている人というのは、深層部分ではどこか他人事だった。 俺は、きっとどこか共感能力や感情に欠陥があるのではと思っていたほどだ。 それが、初めて感情的な当事者になった。 それくらい、ただただ悲しかった。 俺は、親友の死で本当の悲しみというものを知ったのだ。 奥さんと挨拶をして部屋を出るときに、白髪の穏やかなご老人の奥さんのお母さんだという人と挨拶をした。 俺は、あいつは思い残したことはないと思いますよ。と言った。 旦那を亡くした奥さんの親からしたら、それはとても不謹慎な言葉であったかもしれない。 ただ、俺は生前あいつは、もうやりたいことはしたから満足しているとよく俺に言っていたし、 この世に未練や大きな悔いを残していないことを、友人としてわかって欲しかった。 あいつは、この世に未練を残してウロウロしているタイプの男ではない。 憐れむことなく、早かったけど人生を太く短くまっとうしたと気持ちよく送り出してやって欲しいと思ったのだ。 駅へと向かう帰り道、2人して本当にキツいねえ。と幾度ともなく口にした。 きっと本当に悲しいときは、そういう短い言葉でしか表現できないのだろう。 俺たちはできるだけ長く話そうと、あえて時間がかかる各駅停車に乗り、 途中で何回も先に行く電車に抜かされながら、家路へと向かった。 車中、俺は奴の生前の豪快なエピソードや奴の下ネタなど話し続けた。 こうして明るく話していないと、悲しい気持ちに押しつぶされそうだった。 楽しいエピソードに事欠くことはなく、友人は爆笑していた。 それくらいあいつは、この世でインパクトを残すほどに絶大なキャラや存在感を持っていた。 それだけに、失った人間たちの喪失感は大きかった。 ターミナルで乗り換えて途中の駅で友人が降りて行って1人になると、 急にまた悲しさがこみ上げてきた。 いつものように携帯でネットを見ても、頭に入ってこない。 ちょうど時間は夜のラッシュの時間帯で、車内は混んでいて座っている俺の前に立っている人達がいる。 俺は、静かに目を閉じると不意に涙が出てきた。 涙が止まらない。 まずい。 こんな混んでいる車内で男が泣いていたら、さぞかし異様な光景だろうと、 俺は下を向いたまま気づかれないようにそっと目をぬぐった。 駅から家までは、上を向いて歩いた。 有名な歌の歌詞のように、涙がこぼれないように。 翌日の告別式は、友人は列席できなかったので俺も欠席させてもらった。 あの長い道のりを1人で行って帰ってくることは、悲しさで耐えられそうになかったからだった。 友人の女性の友人が、辛くなるからお通夜には出席をしないと言っていた言葉の意味が、 身を持ってよくわかった1日だった。 親しい人を亡くすということは、本当の本当に悲しいことなのだ。 落ち着いた頃に、出席できなかった友人たちと彼の家に訪れ、 あいつに線香をあげにいきたいと思う。
by masa3406
| 2012-12-09 06:21
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