ワンコの死

夜に友達と会って、朝に家に送って別れた。
昨日の嫌な事を忘れられて少し気がまぎれた。

別れた時刻は朝の8時すぎ。
まだ5月だというのに夏を思わせる強い日差しを受け、湿度の高さで、うっすらと汗をかきながら
一路東京へと戻る。
いよいよ俺の苦手な季節の到来を予感させた。

そして、都内に帰ってきて携帯を見ると
父親からメールが来ていた。

○○が亡くなりましたのタイトルに来たかと思う。

9時頃にワンコが死んだそうで、最後はかなり苦しそうにしていたけど
親父が膝の上で抱かれたまま亡くなったんだそうだ。

そのワンコは親父がとても可愛がって面倒を見ていたので、
最後は親父の腕の中で死ねて良かったのではないかと思う。
親父にとっても。

メールが来た時に ちょうど、お祭りをやっているところに差し掛かり、屋台が並び
笑顔の子供や人で賑わう華やかな喧騒の中でこのメールを見ると
よけいに実感がわいてこなかった。

悲しいという感情よりも、死んだのだ。という事実だけが頭に入ってくる。
感情がついてこない。

昨日、会ったばかりで突然だからか、あるいは徹夜で起きていて気分がハイになり
神経が麻痺しているからだろうか、
悲しいという感情に支配されることもなく涙も不思議と出てこない。

ぜんぜん実感が湧いてこない。

ただ1つ悔いるなら、

前日に会えたことは良かったと思うけど、昨日はもっといい最後に別れができていたらと
返す返すも残念に思う。

母親への怒りの感情にとらわれて、挨拶はしたけど、感情の整理ができないままに
別れの挨拶もそこそこに飛び出すように家を出ていってしまったから・・・。

母親と口論をしてるなかで、吠えていた姿に最後の最後に申し訳ないことをしたと思う。

昔も実家にいた時に俺と母親が頻繁に大喧嘩をすると、ワンコたちは居心地が悪そうな
怯えたような不安で困った顔をしていたものだ。
犬はこういうときは中立だった。

昨日は、お別れの挨拶をして静かに別れに浸りたかったのだ。
ワンコのことだけ考えたかった。

でも、後悔してもときは戻らない。

最後に会えからよしとしようと思う。

これから時間とともに実感がわいてきて、悲しい感情やさみしい感情がきっと後からついてくると思う。

もう実家には行かないので、残念ながら亡骸には会えないけど、
ワンコにはいろんな喜びや愛情を沢山もらって本当にありがとうと言いたい。

本日をもって3代続いたうちの犬は絶滅しました。

あなたたちのことは忘れません。

みんなありがとう

さようなら
by masa3406 | 2013-05-26 12:58


<< 飛ぶボール 悲しい最後 >>