人気ブログランキング |

2009年 10月 21日 ( 1 )

3年後の自分

前に勤めていた会社の上司に用事があり、
久方ぶりに電話をしてみた。
その会社に勤めていたのは、ちょうどこのブログを始める直前。
時の経過は早いもので、3年ぶりの電話だった。

元上司は、最初は俺だとわからなかったみたいで
名前を言うと おお!○○ー!
お前、今何をしてるんだー?と大変興奮した声で言った。

そりゃそうだろう。
やめて3年間電話もしていない奴の番号なんか、
登録からは消されているのは至極もっともなことだった。

だが、俺には懐かしそうな声で話してくれて
俺という人間を憶えていてくれたことがうれしかった。
最初は、異業種からその業界に来た
海のものとも山のものともわからない、俺という人間に懐疑的だったみたいだけど
途中から俺の仕事ぶりを見て、俺を信頼してくれていたことを
ほかの上司からは聞いていた。
俺は認めてくれたのがうれしくて、その上司のために
一生懸命に辞める最後の最後まで責任を持って担当する仕事をした。

俺にはその声が懐かしく思うと同時に、、
その当時の様々な仕事の思い出がオーバーラップしてきた。

それから俺は、その後の俺を簡潔に説明した。
元上司は親会社からの出向の人で、俺の担当していた仕事の
上司ではあったのだが、直属の上司ではなかった。

直属の上司は理系の大学を出た、物静かなインテリなタイプで
文系で体育会系だった俺とは、趣味も性格も合わなかった。
いわゆる人間的にウマが合わないというやつだ。

一方こちらの上司は大きな声で話すオープンな性格の人で、
話もしやすかったので当時はかわいがってもらった。
子供っぽい性格のところもあり、そんな人間臭い裏表がないその上司のほうが
下町育ちの俺にはわかりやすく、人間的に接しやすかった。
また趣味や話題も合った。

俺も、こちらの上司側と積極的にコミュニケーションをとるようになってしまい
それも当然、面白くなかったのであろう。
結局、それでさらに溝が深まり配置転換となり
部長が仲を取り持ってくれると言ってくれたのだが、
俺は意地を張り会社を辞めることになった。

この会社の業界の状況を新聞やネットのニュースで見る限りは、
この空前の不況でその業界を取り巻く状況は悪化の一途を辿り
のっぴきならない状態に置かれているらしかった。
親会社が大赤字を出している状況だ。
どうにもならない状態なのは、明らかだった。

俺は今の状況を聞いてみると、
俺がいた時も景気が悪くて、ボーナスが払われる払われないの
問題が出ていたり、社長が直々に俺たち営業の尻を叩いていたわけだが
その状況もマシに見えるほどに会社は大変で、
今はお前がいた時どころじゃないよ。と言われた。

電話をする前の俺は、そろそろ親会社に帰っているのではないかと思っていたわけだが、
今も出向中らしく、その話しっぷりからも気苦労が覗えた。

当時のウマが合わなかった上司や
俺が世話になっていた隣のデスクの2年目の人も
会社を去っていることが分かった。
それも、俺が辞めてから1・2年弱のうちに辞めたらしかった。
ウマが合わなかった上司は、途中から社長命令で会社の役員にされていた。
その上司が去るのだから、それは会社に完全に見切りをつけたということだった。

それを聞いて、俺は辞めのと辞めた時期としては正しかったのだ。
と妙な安ど感が湧いてくるのを感じた。
あのままいても、どのみち去ることになっていたのは間違いない。

俺当時は辞めたことに後悔していなかったし
スッキリとした気分になっていたのだが
それからの俺はというとどうだ?
また就いた仕事を辞めてだらだらとバイトをしたり
とても、何をしていたと人に胸を張れるような3年間ではなく、
実にふがいない3年間だった。

会うことはないが
当時の同僚に、俺は辞めて今はこうしています!と胸を張れない自分がいた。
自分の中では完全に後悔はしていないつもりだったけど、
その後がそんななら、我慢をして辞めなきゃよかったのでは?と言われたら
そうとも言えなくもなかった。

だから、俺の中であの会社を辞めてよかったという
『理由』が欲しかったのかもしれない。

それから、その上司に用件を話して
来月飲みに行くことになった。

これからは、言い訳を必要としない人生を送りたいものだ。
そうありたいものだ。
by masa3406 | 2009-10-21 05:14